とある神官の話



 ここ最近闇堕者や指名手配犯が多く動きを見せているということもあるし、何より"あの"アガレス・リッヒィンデルがあんな事件を起こしたのだ。
 教皇もかわり、大がかりな一掃のおかげでさらに枢機卿や能力持ちの神官の数は減ってしまっている。
 聖都からの呼び出しで言われることなど目に見えていた。無視出来るものならしていた。だがそうもいってられない。
 仕方なくセラヴォルグは聖都へ向かっていた。
 
 気掛かりなのは――――シエナ……シュエルリエナのことだ。
 初めは気づかなかった。能力持ちが故に酷い扱いを受けて育ってきた、というような印象でしかなかった。しかし、私はざわついた。"これ"はなんと言えばいいのかわからない。
 もしかして、と思った。
 そしてまさか、とも。
 考えてみろ。あいつは昔に死んだ。そして子供は長いこと行方不明のまま見つからなかった。
 そして、たまたまセラヴォルグはシエナのために新たな名前を授け、守りの術を施そうとしたとき、"それ"に気づいた。


 密かにアレクシス・ラーヴィアが研究していたもの、古い文献、術式などを片っ端から調べてきたかいがあった、とでもいうのか。




 ――――"それ"は、彼女自身に害をなすことはないだろう。




 しかし、とセラヴォルグは思う。闇に知られれば、間違いなく狙われる。なんとかしなくてはと今まで動いてきたが。

 "今"……よりによって呼び出しとは。




 
 枢機卿らの話を聞きながら、溜め息が出そうだった。





「どうしてそこまで娘にこだわる」

「私の娘には変わりありません。たとえ血が繋がっていなかろうが種族が違おうが、あの子は私の娘。手出しはさせませんよ」

「しかし」





 そこで黙っていた一人の男がこちらを見る。
 同じ枢機卿でも、それらをまとめる側にあたるであろう彼は首席枢機卿、枢機卿長である。つい数年前になったばかりだったはず。
 その凍てつく氷を思わせる青の瞳がセラヴォルグに向けられた。





「"魔術師"の能力持ちは貴重です。彼女の出生がわからぬ上、その力。下手したら狙われるかも知れないことを貴方はわかっているはずです。その上で貴方はあくまでも己の手で彼女を育てるというのですか」





 枢機卿長―――アンゼルム・リシュターの問いに「ええ」と返す。危険なのはわかっている。こうなっては、潰すしかないこともわかっている。
 そう。
 "わかっている"。
 セラヴォルグは冷静になるようにつとめた。
 私は、私で戦ってやろうではないか…。






「一応言っておきますよ――――フィンデル神官」





 リシュターは優しそうな顔をしていた。しかし、青い瞳は冷徹さを帯びているのがわかる。





「その一つで多くが倒れるというなら、私は容赦なく裁きますよ」





 
 リシュターらの"用事"の他にもセラヴォルグに持ち込まれるものは多く――――まるで、そう、わざと時間がかかるように誰かが仕向けているとしか思えなかった。いやがらせ、ともとれる。


 聖都は変わらずに美しかった。
 しかし。
 ここは、表も裏も蠢いている。





 ――――そんな……。
 ――――私が、殺した……?
 ――――しっかりしろ!アガレス・リッヒィンデル!







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