とある神官の話
「私は言ったはずですよ。容赦なく裁くと」
「答えになっていない」
セラヴォルグは一旦冷静になるため、大きく息をはいた。
冷静にならなければならない。
頭に血がのぼったままで動くのは愚かだ。しかし、しかし……。
「向こうは酷い有り様だったようです。死体を一人ずつ確かめたり手掛かりを見つけるのに手こずりながらも、彼女だけ死体がなかった。アガレスの件もあって貴方にも色々と目が向けられたことも忘れていないでしょう……。引き伸ばせるだけ伸ばして調べました。しかし、それでも彼女は見つからない。しかもあろうことか現地の調査に出た者がやられてしまったため、余計時間がかかった―――――とはいえ、"異変"は貴方の耳に入っていたのでしょうが」
そう。
セラヴォルグはシエナに何度も手紙を出している。最初はちゃんと返事がきていた。が、そのあとは途切れた。セラヴォルグが出しすぎたかとも思った。
しかし、電話が通じない。しまいには村一つまるごと殺害させただなんて――――。
このままでは。
このままでは、危険だ。
セラヴォルグは激しく後悔した。やはり来るべきではなかった。あの子の傍を離れるべきではなかった。離れるなら離れるで、アーレンス・ロッシュらのもとにでも預けるべきだったのだ。
住人は全滅。シエナの死体はなく、行方不明。付近では指名手配犯の目撃情報。
シエナ。シュエルリエナ。私の娘。
死体がないということは、連れ去られたか。
どちらにしろ、最悪だ。
いろんなことがセラヴォルグの中で過った。何か、というものではない。とにかく様々なことが、セラヴォルグの中でよぎり、浮上し、混ざりあう。悲鳴をあげ、囁く。殺せ。
自分は、もしかすると死ぬかもしれない。しかし、死ぬとしても、まだ死ぬわけにはいかない。
「フィンデル神官?」
急に黙りこくったセラヴォルグに、リシュターが怪訝な顔をした。セラヴォルグは一度目を閉じ、再びリシュターを見遣る。
その目には、ぞっとする"何か"があった。
「リシュター枢機卿。私はそれでも負けるつもりはありませんよ。"私たちは"」
この時、セラヴォルグ・フィンデルの言葉はその場にいたヒーセル枢機卿を含めた数名の枢機卿には意味がわからなかった。
だか、リシュターだけはその柔かな笑みが似合う表情が僅かに強ばらせたのは、セラヴォルグ知らない。
セラヴォルグは己で娘を探した。
必死に。
セラヴォルグが彼女を救ったさい、彼は何よりも娘を選んだ。
何としても守るために。
それがいつか――――を倒すことに繋がるであろうことも、全てわかっていた上で、死を受け入れたのである。
…―――――。
……―――――。
"それ"はまるで誰かの物語を見ているようだった。
だが、強く"それ"を感じることができた。目、耳、口、四肢。音、視界、感覚―――。
まさか、こんなことになるとは。
慣れない全てにぼんやりする思考と、"何か"。
"それ"は一人事切れたらしい老人を見つめながら、ぽつりと呟く。
「……シエナ」
* * *