とある神官の話





 ―――――何かに呼ばれる気がした。



 思わず足をとめ、後ろを振り替える。けれど何もなく、温かな日差しと、建物が見えるだけで首を傾げた。




『どうしたんです』




 シエナが私にそう聞いてくる。どうした。どうしたのだろう。わからない。だが、苦しくなる。誰かのことを忘れているような、そしてその人から呼ばれているような気がしてならない。

 胸の鼓動が妙に早く、ふらつく。
 辺りは聖都ではなくなった。



 ――――近寄るな!化け物め。


 何故。
 おぼろげに記憶にある、縁戚の顔。家。子供。殴られる自分。欲しくて欲しくて欲しくて堪らなかった"愛"。捨てられた先の自由。捨てられた先に待っているのは死だということくらい、わかっていた。そして自分を、自分の心を守るために、私が彼らを捨ててやったのだと思った。ざまあみろ。死ねばいい。そう願って、その村は炎に包まれて――――。

 誰か、と思った。

 誰でもいいから、傍にいて。
 愛してくれ。




『疲れたでしょう。苦しかったでしょう。けれどもう、いいの。頑張らなくても、傍にいてあげるわ』

 


 それは、甘い声だった。
 私にも甘く甘く響く。そうだ。疲れた。疲れたんだ。私は、何もかもに。

 そうして、甘い何かに導かれるように目を閉じようとした――――が。






 ―――――この馬鹿息子がっ!




 そんな怒鳴り声がして、私は一気に引っ張られるような感覚を起こした。何故。そちらにいっても苦しいだけではないのか。
 ずっと深いところから、私は引っ張られるように光へ浮上していく。

 ああ、そうだ。
 あの声は、多分。







「――――気がついたか、馬鹿息子」





 怒鳴り声と同じだ、と思った。

 そして自分がベッドに横になっていることに気づく。何故ベッドに?そして声の主は養父である現教皇エドゥアール二世、もといフォルネウスである。
 養父の左手には、包帯が巻かれていた。その包帯には血が滲み赤をそえる。

 何が、どうなったのか。
 頭の中は靄がかかっていて、かつ体が酷く怠い。「先輩、生きてますか」などという声がした方を見ると、くせ毛の赤。エリオン・バーソロミューが青白い顔をしてそこにいた。何故。ここは聖都、なはず。何故ヴァン・フルーレにいるはずのエリオンがここにいるのだ。
 
 ベッドから体を起こそうとした。背中には養父の手が添えられ、昔もこんなことがあったなと思う。





「何が、どうなって……」

「術式を食らったんだぞ、お前。覚えてないのか?」

「私が、術式を―――――!?」

「おっと、とりあえず落ち着け。いきなり動くな」





 激しい頭痛がした。
 背中をさすられ、安堵する。ベッドのすぐ近くの椅子に座る養父は「大丈夫か」と声をかけるが、私はそれにただ頷く。

 それよりも、だ。

 靄がかかった頭の中。"何か"を必死に思い出そうとした。私は、何をした。何があった。私は、私は。傷つけた。誰を。誰を?シエナ。シエナ。そう。馬鹿な私のせいで。それから、聖都。そう、聖都に。

 父の話だと、私は複雑な術式を何者かから食らって倒れたということ――――そして、あのアンゼルム・リシュターが姿を消したということだった。リシュターは謹慎中だったはずではなかったか。

 術式を解除するため父と、エリオン・バーソロミューが呼ばれたことを理解した。
 広く迷惑をかけたらしい。





「ホーエンハイムさんらが心配してましたよ」

「ああ……ランジットか」





 エリオンはそういうと、「目覚めたことをいいに行ってきます」とふらふらしながら出ていく。





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