とある神官の話
「迷惑をかけたみたいですね……すみません」
「やけにしおらしいじゃねーか」
父は笑うと、私の頭へ腕を伸ばし、やや乱暴になで回す。髪の毛が絡まろうが顔にかかろうが問答無用なそれは、昔から変わらない。
子供じゃないのだから。
しかし今はありがたかった。
私は、ここにいると実感出来る。
冷静になると、ぼんやりとではあるが記憶が戻ってくる。それは――――謹慎中であったはずのリシュターが、私の目の前に、そう、姿を見せたこと。
そして、自分は。
「父さん!シエナさんは今何処にいますか!?」
「ランジットらと一緒だと思うが―――っておい!」
思い出した。
ベッドから飛び出すようにして、部屋を出る。部屋を出るとすぐ武装神官がいて、ぎょっとした顔をこちらに向けたが構わず、その向こうにエリオンやランジットを見つけた。向こうも「うお!?」「え、先輩?」とぎょっとした顔を向けるが、それよりも、だ。
そのまま近くへと裸足のまま駆け出し、ランジットらの後ろにいた黒髪の女性へと目を向けた。
……シエナ、さん。
記憶では"あの"リシュターと、そしてその時一緒にいた神官を思い出し――甦ってきていた。何かが一つずつ綻んでいくように。
裸足のまま立ち止まった私に、追いかけてきた武装神官、父が何事だと立ち止まる。
「目覚めたんだな―――というかお前、いきなりどうしたんだよ。んな格好で。そんなにシエナに会いたかったのかよ?」
「……先輩?」
「二人とも退いて下さい」
言われた通りはしに寄った二人の後ろにいた彼女を見た。
彼女とは"夢"の中で彼女と会った。あれは本当の彼女ではない。そういう原因を生み出した"彼ら"の話していたことを思い出していた。あいつらは、何を話していた?彼らは、何を。
おい、というランジットに構わず、私は"魔術師"の力を使って刃を作り出す。さすがに焦ったようなランジットが立ちはだかろうとしたが、それを何かに気づいたのかエリオンにそれを止められた。
同じく父もまた、武装神官を止めている。最も抜刀は許しているようだったが、それでいい。
目の前にいるのは、シエナだ。確かに。だが私の知る本当の彼女か。「ゼノンさん?」という声も彼女だ。だが、違う。
そう。
「―――――お前は誰だ」
「!?」
「おい、なにいってるんだよお前」
「……いいえ、私も先輩と同意見です。ちょっと様子がおかしい。術も出鱈目に見えます」
ランジットが「……なに?」と顔色を変えたのを見て、エリオンはそのつかんでいた腕を放す。
ランジットは腰に下げていた剣に手を触れ、じっと様子を見ている。
無理もない。
シエナにしか見えないのだから。
四方を囲まれた"シエナ"は、しばらく怯えたような顔をしてみせていたが、やがて「あーあ」と不似合いな声を発した。それには誰もが異変に気づき、見遣る。
「やっぱりしぶといねえ、君も。ぽっくり死んでくれてたらラッキーだったんだけどなぁ」
「俺がぽっくり死なせるとでも思うか?お前――――ヤヒアだな。シエナをどこへやった」
「猊下!危険です!」
前に出てくる父に、武装神官らがその前に立ちはだかり守る。
だが、父はそんなのはお構いなしだった。相変わらず破天荒さは健在らしい。
「シエナさんを何処へやった!」
怒声はよく響き、力が混ざったのか窓などを軋ませ、皹をいれる。
ランジットは今すぐにでも動ける格好ではあるが、相手は"シエナ"の姿をしている。やりにくいったならないだろう。私だってそうだ。
しかし、あれは違う。
シエナさん。シエナさん。
あなたは、今何処に?
シエナの姿をしたヤヒアは、低く笑う。
「そんなに大切なんだね、あの子のこと。美人でもなんでもない、ただの可哀想な傷物の女だからっていう同情?彼女が死んでたらこんなことにらならなかったなーって、昔は言われてたような子なのにね」
黙れ。
地面を蹴りあげスピードをだし、前へ。
あれは、避けなかった。むしろわかっていたかのように受け入れた。
刃は女に見事にあたり、胴あたりを切断する。地面に転がったのは"人"らしさを失った人形であった。それにはランジットが「なっ!?」と驚きの声をあげた。見たことがあるだろう。
人形は転がり、人形だとすぐにわかったが顔はシエナのままであり、皹が入っていた。
シエナのままなのは、ヤヒアの悪意なのだ。
大勢の刃の先を向けられたまま、人形は変わらずに笑う。