とある神官の話




 それは、私が術式をくらい、意識不明となった時。
 私にかけられていた術式は複雑なものであったということも厄介だったが、それよりも多くを戸惑わせたのはアンゼルム・リシュターが消えたというものだ。

 ランジットは、バルニエルにいたシエナに、私のことを話したという――――。






「すまん……。俺が言わずに、シエナがあのままバルニエルにいたら」

「ランジット」





 お前は馬鹿か、といい笑ってみせた。それにはランジットが面食らったような顔をした。
 お前のせいでも、誰のせいでもない。
 片時も離れずにというのは難しい。それをしたとしても、完璧なそれは難しいだろう。まして彼女は女性だ。
 そして、そういう状況でもやつらは隙を突いてくるだろうし、また別の手を使うだろう。
 こちらはもう、先に手を打つというのは難しい。それでも、やれることはある。やらなくてはならないことはある。

 とはいえ、ランジットは聖都にきたシエナを守る役目だった。だから一緒にいたのだ。それなのにシエナと人形が入れ替わるというそれに気づかなかった。いや、気づかなかったというよりも、あれでは気づけないだろう。
 ランジットが悔いているように、同じく護衛の武装神官らもそうだろう。

 わかっている。
 冷静にならなければならない。冷静に。

 そう思っても、私ははひどく荒れていた。何故こんなことを。何故。何故殺す!そんな質問に「殺したいから殺す」と平然と答える連中だっている。理由があれば、納得できる。それがたとえどんなに残虐なことであっても、だ。理由がないことのほうが、理解しにくい。殺したいから殺すというのは欲求だろう。
 何が目的なのか。
 シエナさんは……。
 




「それよりも―――これからが問題だ。先遣隊がどんな話を持ってきたか知らないが、その話次第では戦うことになる。その時お前を頼りにしているからな」

「……ああ。お前が考えている間は盾くらいにはなってやるよ」

「十分だ」


 


 ランジットは強く頷き、互いに拳をつくりぶつけ合った。

 そのいい雰囲気をぶち壊さしのはもちろん「あー、青春ですね」第二のハイネンといわれるエリオンだったから、もう苦笑するしかなかった。






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