とある神官の話
現在、枢機卿長の席は空いたままである。あのアンゼルム・リシュターが姿を消した以上、その位は失われたといっていい。そのため今は枢機卿長はいないことになっている。
そして、このままだとまた新たに枢機卿長を選出されるために話し合いが持たれるであろう――――が、今はそれどころではない。
まさか、あのリシュター枢機卿長が?
そんな動揺が広がっているし、かつ重大な問題があったとしても日々は過ぎる。ロマノフ局長らは聖都内と、そしてさらに警戒を強めていているという。
「―――ジャナヤへ行ってこの目で確かめてくるのが一番ですが、原因がわかるとは限らないでしょうね」
――――そう。
ジャナヤはハインツ…ウェンドロウの件の後には神官らが管理することになり、滞在していた。その間定期的に連絡のとりあいをするのは普通のことである。
だが連絡がつかなくなり、アンゼルム・リシュターが姿を消した。謹慎中であるはずのアンゼルム・リシュターに会った私は、術式を食らってしまう。
先遣隊の報告によれば、だ。
ジャナヤにいた神官らは皆意識を手放し、眠りについていたという。
ただ普通にしていてそうなることはない。となると、何者かがそれらの原因を生み出したことになる。つまり、なにもなかったではない。何かあったのは間違いないのだ。しかし意識を手放していた神官らは、どうしてそうなったかを覚えていないという。
何をしにジャナヤへ……?
誰が……?
「確かにその方がいいでしょう」
「だが、わからんな。何が目的だったんだ?ジャナヤには術式が保管しているわけじゃないってのに」
「あの場に神官が滞在するようになった後も、昔の術がそのまま残っていたり、後でかけなおしたりしました。勿論悪用されないように。その当時のものは破壊か、あるいは聖都に封じましたからねぇ」
「封じられたものは無事なのですか?」
「ええ。私とフォルネウスで確認しましたから」
――――宮殿奥に厳重に管理されている場所がある。たとえリシュターであってもそう簡単に足を踏み入れやしないはずだ。
そこには長い間重ね、直してきたもの、らが"邪"を、"悪"を拒みかつ破壊をもたらすという。
昔、養父フォルネウスにどういう場所なのか聞いたら、「陰気くせぇ場所さ。長居はしたくないな」といっていたのを思い出す。
私は勿論、足を踏み入れたことはなかった。その場所はたとえ枢機卿であっても中々足を踏み入れる機会はないらしい。今回はフォルネウスの許可があったからだろう。
確認をしてきても、とくになにもなかった。なら、何をしに……?
その時、部屋にノック音がした。出ようとしたランジットを手をあげて止め、かわりにハイネンが扉へ向かう。
開けられた扉には神官の姿があり、礼をとったあと術をかけられているらしい手紙を差し出した。
神官が去ったあと、ハイネンの手にあった手紙の術がほころんで、やがて完全に解かれた。ひろげてハイネンが目を通していくのを黙って見つめる。術がかけられているということは、それだけ重要なものだろう。
少しの間黙っていたが「また面倒な」とハイネンは呟く。
「ヒーセル枢機卿が、姿を消していたそうです」
「……それはどういう」
報告を聞くための場にヒーセル枢機卿の姿なかったとハイネンはいう。
しかもいつから姿を消していたのか曖昧になっているという。曖昧だなんて、とランジットがいうが側近さえも知らないと青い顔をしていたとか。
そして、だ。
それらしき死体が発見されたらしい。
エリオンとランジットが「死体?」と声を被らせ、互いに一瞬顔を見合わせた。
「まさか、何かした後では……」
そうエリオンの言葉にハイネンが黙ったままで、嫌な予感を漂わせる。