とある神官の話
「発見された室内中に、術式が刻まれていたそうです。禁忌とされたものが惜しげもなくね」
「その術式は」
「第一発見者からの知らせの後、神官らが確かめるために建物に入ったら、突然建物が崩れたそうです――――調査したくても難しいでしょうね。ただ、"人形"が転がっていたそうですよ」
――――人形。
それはいい思い出はなかった。ウェンドロウの件、ジャナヤで見たあれだろう。
ランジットが「なんだってんだよ」というとおり、どういうことか。
人形が転がっていたこと、禍々しい術式の描かれた部屋に、死亡したヒーセルらしき人物。何かをやろうとした、またはやったというのは間違いない。だが、建物が崩れたというのなら術式を確認するのが難しいだろうし、何より意図的なのかもしれない。発見されたとき、建物が崩れるように。
死体がヒーセルなら、彼が術式を?
しかし何をしようとした?
頭がこんがらがる。
シエナは何処にいったのか。シエナ。ああ、君は無事なのか?助ける。絶対。何があろうと、私は貴女を助ける。だが実際はどうだ。何もない。
――――シエナと会ったのが、もうずいぶん前に思えた。
いや、実際そういえる。ヴァン・フルーレにいたころだ。死んだとされていたヴィーザル・イェルガンとの出会い。ヤヒアの笑み、ヴィーザル の殺気。ヤヒアが放った何かによって、彼女から姿を見せたのは一人の男。アレクシス・ラーヴィアの血縁者だという新たな真実。
彼女は、生きた管理者。
シエナの身に起きたそれらは、私も見た。簡単に取り出せないことも、聞いた。
彼女は自分のことをわかっていたが、それでも出来ることをやろうとしたし、知ろうと動いたのだ。それを、それを私はわかっていたはずだった。シエナは、守られているばかりではないことも、守られているというそれを気にしていることも、自分が"危険"とされているという何かを諦める決意のようなものも、私は感じていたはずなのに。
私は、大切だった。
危険な方へいってほしくなかった。もし行くなら、私も一緒に行きたかった。彼女は傷ついてきたから。多くの傷をもっているから。同情じゃない。私は、愛しているから。傷ついてほしくない。もし傷つくなら、その傷を分けてほしい。傷よりも笑って欲しかったというのに。
ヴァン・フルーレで、私はあの後きつくいってしまった。
心配だったから、ついストレートにいってしまった。一番混乱し、不安だったであろう彼女に。
謝ろうと思っていた。
それなのに……。
あの時、あの、レオドーラ・エーヴァルトとかいあ男に私は嫉妬した。彼女を抱き締めていた彼に、私はどうしようもなく後悔したのだ。
それから彼女がどう過ごしていたか、私は知らない。
「とにかく、ジャナヤへ行きましょう。ゼノン、あなたは」
「行きますよ」
「おいお前」
ランジットもエリオンもこちらを見ていたが、構うものか。
「私は、ただ寝ていただけですから」
そうきっぱりいってやる。
別に体のどこかが痛むとか、そんなものはないし、たとえあっても完全に無視してやろう。せっかく色々とまわりがやってくれたであろうが、私は彼女を助けなくては。
彼女が私にどんなことを言おうが、結果きっぱりふられようが、私は助ける。
それにハイネンが「そうですねぇ」といったことに、まさか、というような顔のランジットの視線が刺さる。しかしハイネンる肩をすくめるだけ。
「ストーカー予備軍には何を言っても無駄でしょう――――覚悟はあるのでしょうね?」
「当たり前です」
愚問だ。
それにはハイネンはわかっていたらしく「やれやれ、彼女は本当に変人ホイホイのようだ」と笑ってみせる。「変人ホイホイ?」「あ、成る程。おもしろい言い方ですね」……否定はしない。