とある神官の話
―――どうしてそこまでして"あれ"を助けたのか。確かに珍しい"魔術師"の能力持ちだが、あれは実験体のようなものだぞ?あの男の命に見合うだけのものとは思えん。危険なのだよ。閉じ込めるか、殺すか…何かしらせねばならん。
―――何をされたのかわからん子供だ。しかも身内もいないならば、処分したところで支障はあるまい。
―――忌々しいものよ。
偉い人はいう。冷たい目をして。
その言葉を父は嫌った。だが……その言葉は、間違ってはいないのだ。よくわからない危険な私よりも、セラヴォルグが生きていたほうがよかった。生きているべきだった。私なんかではなく、父が。
完全に消えてしまったそこで、私は呆然と血に染まった手を見る。
視線をあげると、新しい何かが増えていた。
ロマノフ局長。そしてそのすぐ近くにはエドガー・ジャンネスや顔の知る神官らの積み重なった山。そして、ノーリッシュブルグの双子や枢機卿。アーレンス・ロッシュ、アゼル・クロフォードらが同じように倒れ、傷つき、血を流す。そしてランジット・ホーエンハイムのすぐ近くには、ハイネンと、虚ろな目をした"彼"が、こちらを向いて――――。
…―――――。
……――――――。
声にならない、絶叫が色の失った唇から発せられる。それは、何かに皹が入るような深い悲しみと絶望の声。
唇がふるえ、涙が頬を濡らし、やがて顎をつたって落ちていく。
つれてきた時から比べると、さらに青白さが増して、目から光が消えた。こうしていると人形のようにも見える。
今ではかなり精巧な人形が作れるようになった。昔は粗悪ですぐに崩れてしまうようなそれが、今では魂を定着させ動きまわさせることも出来る。何度か扱ったが、便利なものである。
人形ならば最近ならハインツ・サンダリオがいい腕をしていた。いや、ウェンドロウというべきか。
あれもまた生きていれば使えただろうが、残念ながら完全に殺されてしまった。ウェンドロウのあれは、鋭いものだとなにも言わなかったが、あれではいずれ勝手に朽ちる運命であった。
そんな技術が大昔に存在していたことは、驚かされるばかりだ。
―――だから、愉快だった。
「……そう上手くはいかないか」
一人そう、アンゼルム・リシュターは言葉を発した。青い瞳は冷静なままで、凍てつく冬を思わせる。
ベッドにいるのは、シエナ・フィンデルだった。わずかに体を起こした格好であるが、ただ生きているだけといった様子で一言も喋らず、動かない。抵抗すらしない。それはもちろん、出来ないようにしているからであり、彼女の意思ではないだろう。
今、シエナ・フィンデルはリシュターに"制御"されているのだ。
その辺の神官ならばすんなり支配されるだろうが、とリシュターは冷静に思う。彼女はあのセラヴォルグ・フィンデルの養女だ。狙われているのを知っていてそのままにしておくわけがない。セラヴォルグは、今までで一番厄介な相手だった。
今も彼女にある守りの術が激しく拒否を示し、リシュターを撥ね付けたために中断することになっている。
溜め息。
あるこれと動かしてきたからか、頭痛がする。こめかみを揉むようにしながら、早めに次を考える。
あのアレクシス・ラーヴィアが、ただの神官だったなら。
幼少からあの、セラヴォルグと出会っていなかったら、あのときに何かしら手に入れられたか、知ることが出来たはずだ。だが上手くいくはずがなく、アレクシス・ラーヴィアは妻の件もあったから、余計覚悟を見せたのだ。奴が誤算だったのは、子供のことだろう。だがそれは我々もで、行方は掴めなかったのだ。何故か。それももしアレクシス・ラーヴィアのせいならば、かなり頭のまわる、あるいは予想をしていたということか?
リシュターは今はもいないアレクシス・ラーヴィアのことは、と追い払う。
今危険なのはシエナであるし、その背後の亡き後もリシュターを追い詰めようとするセラヴォルグの術と、その他だ。