とある神官の話





 溜め息。手にいれたのはいいが、眠る術式に関してはまだ見えてこない。

 ヤヒアの話だと、ヴァン・フルーレで姿を見せたアレクシス・ラーヴィアは、シエナが解放を望まない限り発動することも取り出すことも出来ないと言っていたそうだ。そして、"奴らには扱えない"と。
 アレクシス・ラーヴィア自身の守りの術と、さらにセラヴォルグのものが阻んでいる。とはいえ、手に入れられてしまえは、なんとでもなる。もっとも時間はさほどないだろう。急がなくてはならない。

 私が、私で。
 いや、私は……誰だったか。

 リシュターは首を降り、さらに面倒なものを追いやる。



 今ごろ聖都は混乱しているだろうが、とリシュターはそちらよりも、あの男…アガレス・リッヒィンデルが死んだのかが気になっていた。ヤヒアはアガレスのことを死んだのではといってそれっきりだが、そう簡単に死ぬだろうか。あのアガレス・リッヒィンデルが?―――否だろう。
 復讐心は深く根強く、力を生み行動を起こす。あれほどの男なら、死んだと思わせることもしてみせる。
 死んでいたら、それはそれでいいのだが、可能性は低いだろうの笑う。


 やや淀んだ室内は燭台がおかれているが薄暗い。そして古びた長椅子には、人影があった。
 長椅子に行儀悪く体を横たわらせているのは、赤。歩く災いの者。ヤヒアだった。薄暗くてもわかるのは体調の異変に、リシュターは憐れなものだと思う。
 指名手配されている者でもかなり残虐な分類にはいる男は、陶酔していたともいえるアガレスを手にかけることを平然とやってのける。愉快か、そうでないかなのだろう。まだ若いが、まあまあ興味はあった。

 毒は毒を生み、蝕む。

 どんな環境で育ち、そんな歪みを生んだのか知らないが―――いずれ己自身に食い破られるだろうことをリシュターは知っている。ヤヒア自身もなんとなくではあるが勘づいているのだろう。時おり、癇癪を起こす子供のように当たり散らすこともある。情緒不安定だった。
 力を得るための毒、か。
 リシュター自身、ヤヒアがどうなろうが関係ない。だが、どうなるかは気になる。笑みが浮かぶ。



 ―――性別が変わると、やはり困るか。
 

 そして、顔を知られ過ぎている。どこか遠くへいく必要があるかもしれない。いや、確かに問題はあるが、平気だろう。
 能力持ちでの魔術師は貴重である。ましてや、このシエナのように魔術師の上位のものなら、使い手がよければまた更に力が増す。

 そう。
 もうすぐ、もうすぐ……。









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