とある神官の話
* * *
聖都、宮殿内。
キース・ブランシェ枢機卿は一人、集められるだけ集めた資料を机に広げていた。
もちろん普段やる仕事もあり、積み上がっている。早く片付ける必要があるのだが、それよりも、とキースは別の資料や書類を見ていた。
それはまず、ヤヒアに関係するものから始まる。そしてアンゼルム・リシュターのもの、そして―――シエナ・フィンデルについてのものである。
ミスラ・フォンエルズがノーリッシュブルグに戻ったあと、キースはヤヒアやリシュター、シエナに関するものに目を通していた。
―――キース、貴方はここに残ってください。
そうハイネンはいい、何故とキースは聞いた。ジャナヤへ向かう云々というそれに、キースは参加するつもりだった。なのに何故。
するとハイネンは少々まじめな顔をして「嫌な予感がするのです」という。
ハイネンの"嫌な予感"というのは本当に何か起こることが多い。あのラッセル・ファムランの時も同じようなことがなかったか、とキースは思い出す。
とにかく不吉な発言だった。
そういうと、「だから残ってください」と、ハイネンは"頼み事"をしたのだ。その頼み事というのは残ることだけではなかった。ヤヒアやリシュター、それからシエナに関する情報の見直し、である。目をとおし、引っ掛かるところなどがないかみているのだが……。
一人は指名手配犯。一人は枢機卿長。そうしてもう一人は、あのゼノン・エルドレイスの想い人。
引っ掛かる、ねえ…。
ヤヒアについてはもとより情報が少ないし、リシュターに関してはキース自身がもとから知っているようなものしか集まらない。
シエナに関してはセラヴォルグと、聖都が彼女について色々ともめただけのこともあってか、量はそれなりにあった。
―――シエナ・フィンデル。
"シエナ"という名は、セラヴォルグの義娘となる前からのものであるが、義娘になる前のファミリーネームは不明とされていた。資料をめくり目を通すと、セラヴォルグ・フィンデルが彼女を発見した村は、"闇堕者"などが出入りしていたこともあり、神官らと衝突。現在はなくなっているらしい。
セラヴォルグに助けられた彼女は己の名前である"シエナ"と、そこで一緒に暮らしていた(といえるのか怪しい)女性などの話をしたという。しかし、女性らとは親子でもなんでもなく、話を聞こうにも村のもので生きていたのはシエナしかいなかったため、シエナから聞くしかなかった。が、シエナ自身も幼く曖昧、かつわからないことも多かった。
彼女の出生は、わからないのである。
ともあれ、ウェンドロウの件もあり、キースは溜め息をついてしまう。
キースはハイネンがいっていた、嫌な予感のことを考えた。ハイネンがいうから、当たりそうで怖いのだ。
己よりも倍は生きているのだから、それなりの経験があるし、勘というのもあるはずだ。普段が奇人変人ミイラ男でふらふらしているから、たまに忘れそうにる事実―――ハイネンはあのセラヴォルグ、アガレスの友人であり、アガレスがまだあんな事件を起こす前から三人はそれなりに名前が知られていたのだ。なんとまあ、とミイラ男を頭に浮かべて、見ただけではすごいと思えないと苦笑する。
胸が痛い。
キース自身、様々な問題でいっぱいだった。ゼノンが目を覚ましたことはよかったが、今度はシエナが消えるという。それにはバルニエルの、セラヴォルグ亡き後シエナの保護者であるアーレンス・ロッシュが黙っているはずがない。そちらはミスラ・フォンエルズが何とかしてくれているはずだが……。
そして、だ。
ゼノンがシエナについて強い思いを抱きながらも、冷静になろうとしているように、キースにもまた気がかりがあった。
冷静に、だ。
行方不明となって、連絡がきて。それからまた全くで、何しているんだと不安になる。あのアゼル・クロフォードらが簡単にやられるはずがないことをわかっているが、それでも心配だった。
大切だから。