とある神官の話
「猊下も大変のようで、顔色が優れません。枢機卿長のこともありますしね」
「ヒーセル枢機卿のことはお聞きに?」
「残念なことです。彼の側にいた者らは今戸惑っているみたいですが、調べて出てきたもの次第ではまた、昔のようになるでしょう」
"昔"。
フォルネウスが、現教皇エドゥアール二世となった頃を指しているのだろう。あのときも、今のように問題が多々あった。確かに今と変わらないかもしれない。
ジャンネスの表情にはその当時のことを思い出しているように重い。置かれていた資料に「これは?」と聞いたあと、ハイネンに言われたことをいうと「そうでしたか」と。
「セラヴォルグさんはヴァンパイアですが、人間に育てられたというのはご存知ですか」
シエナのことを調べる際に、養父であるセラヴォルグのことも見ている。キースは頷く。
「人間とヴァンパイアとでは寿命が違います。人間の中にいるヴァンパイアは自然と身内や知り合いを見送る側にいつも立つことになってしまう。彼は、置いていかれるのは辛いといったことがあります」
「それは…」
「私が死んだときには、貴方がいるので心配はありませんねと私は言ったのです。当時彼は既に実力者でしたし、そんな彼がいれば安心だと。けれど、彼の辛いというそれを聞いて、ひどく後悔しました」
去っていく者よりも、残される者のほうが、苦しい。去っていく者を悼みながらも、生きていかなくてはならないから。
キースはジャンネスの言葉の続きに耳を済ました。
「彼は何も言えなくなった私に、"孤独ではあるが、その者らは私が覚えている限り、私の胸の中で生き続ける。死者はいつか忘れ去られてしまうだろう。それは寂しいことだろうから、私は私だけでも覚えていてやれる"と。今思い出しても、彼は少々不思議な雰囲気を持った人でした。今もし生きていたら――――」
ジャンネスは「ゼノンさんとあれこれやっているかもしれませんね」と寂しげに笑った。
それにはキースも想像してしまう。シエナを大切にしていたセラヴォルグが、シエナにつきまとう(そう見える) ゼノンをそのままにしておくだろうか?
ゼノンとセラヴォルグの攻防戦。それはそれで問題になりそうだ。
「しかし、セラヴォルグさんが生きていたら、ゼノンさんとシエナさんは出会わなかったかも」
「何故です?」
キースはエリートの顔をしたゼノンと、今の年相応(というべか悩むが)のゼノンを比較する。どちらがいいといえば、後者だ。氷のようなそれよりも、あたたかさのあるほうがいい。
ゼノンの変わりようを知るジャンネスは「セラヴォルグさんは聖都に近づきたがりませんでしたから、シエナさんもまた聖都にいなかったかも知れないと思いましてね」という。