とある神官の話
* * *
やっちまったかもな、だなんてレオドーラは思った。
「しつけぇぞてめぇら!」
今レオドーラは戦っている真っ最中である。
相手は幽鬼と魔犬。しかもそいつらはご丁寧にも一番頼りなさそうなレオドーラを先に潰そうとしてくる。
幽鬼はどこからともなく現れるし、それに今回は魔犬までもがくっついているのだから、更にめんどくさいことになっていた。魔犬だけならまだしも、幽鬼は厄介な相手である。
――――俺も連れてけよ。
そういったら相手は少々考え込む様子を見せた。その間レオドーラはひやひやしながら、決定を待った。下手したら殺されるかもしれないし、相手はまだ不審者である。なのによくもまあ、連れてけなどといったものだと思う。
そして、だ。
相手は「邪魔しなければ好きにするがいい」といったのである。
邪魔ってなんだよ。
レオドーラはバルニエルの神官である。ずばり不審者っぽい男が何か悪いことをするなら見過ごすことはできない。しかもそれに相手がシエナのことをしっているなら尚更だ。見過ごすのも見逃すのもしたくない。こんな状況で不審者をほっとくほうが危険だ。
わからないことだらけだが、まずわかっていることはある。
まず、フードを被っている者は男でありアーレンス・ロッシュと知り合いだということ。しかもその息子のこと、それからあのハイネンも知っているようだった。
アーレンス・ロッシュといいハイネンといい、大物ばかりである。
まさかミスラ・フォンエルズも知り合い、だなんて言わねぇよな。レオドーラは今のところその毒舌大魔王の名前を聞いてはない。もし知っているなら、いろんな意味で無敵じゃないだろうか。まあ、何も親しいという意味の"知っている"とは限らないが。
迫ってきた魔犬に短剣を突き刺してやる。そしてまた地面を蹴って距離をとる。
一方の男――――呼び方がないのは不便だからと名前教えろとレオドーラが聞けば、これまたすんなり教えたのだから、悪いやつなのか良いやつなのかわからなくなる。
「おいマノ!こいつら一体何がしてぇんだよ」
「ナンパしに来ている訳ではなさそうだな」
「ふざけてる場合かっつーの!」
――――マノ、とでも呼べばいい。
教えろといって、はいそうですかと教えられたそれが何も本名だとは思っていない。そこで俺も偽名使えばよかったかなだなんて気づいても、遅い。レオドーラは過ぎたことだと息を吐く。
偽名を使えば何となくボロが出そうだから、いっそのことオープンにしてしまったほうが楽だと思う。
あれこれボロがでてあわてふためくなら、レオドーラ・エーヴァルトだ!とあっさり名乗ったほうが余計なことで頭を使わなくてすむ。
そんなこんなで、レオドーラは大っぴらにしてしまっているのだ。それが後々どう響いてくるかわからない。
どことなくその、意味不明な所で冗談をいうそれが……誰かもやるよな、とふと思う。ハイネンとかはとくにそうだ。
こんな幽鬼と魔犬に囲まれながらも冗談を言えるだなんて、余裕があるのか。
レオドーラとて冗談くらいいうが、今は日差しが強く、またずっと動いているので疲労しているのだ。じゃなかったらなんかかんか対抗していっている。
マノは美しい顔立ちだった。
美しい顔立ちといったら、比較的美形が多いとされるユキトか、あるいはヴァンパイアか……。しかし、マノはこの茹だるような暑さの中をあんな暑苦しい外套を着たまま歩きまわり、かつ敵を倒している。