とある神官の話
暑さを苦手とするユキトならまず、あんな暑苦しい外套をなんて着ないだろうし、季節も季節なのでユキトじゃなくても着ないはずだ。
それから太陽の光を得意としないヴァンパイアならばどうか。
述べた通り、日射しが強い中でも平然としているのを見ればヴァンパイアもまた違うのではないか。
一体何者なのか。
さっぱりわからない。
それと、だ。
魔物やら幽鬼やらで忙しかったから考えるのが後回しになってしまったが――――今ごろバルニエルでは騒ぎになっているだろう。
同僚らの前でレオドーラは幽鬼に連れ去られたのだから。あのあと同僚らは仲間に連絡をとっただろうし、それはあの人にも入ったはずだ。あの人のことだから青筋浮かべただろう。迷惑かけちまったな。しかし仕方ないではないか。
何故自分があんな風に幽鬼にあの場から連れ去られなければなかったのか。
もちろん心当たりなんてない。
「ちょっと待ってくれ」
マノが幽鬼をひった押し、今まさに消し去ろうとしているらしいそれに待ったの声を挟む。刃が振るわれる手がとまり、何事かとマノはこちらを見る。
乱れた呼吸をなだめながら、魔犬は片付けたし、あとはこいつだけだからなんとかなる。
そういえば、と思い出したことがあったのだ。それは幽鬼についてのことだ。
幽鬼には召喚主がいるというのがほとんどである。そしてその幽鬼が探す人物が幽鬼を見たとき、召喚主が見えるという――――そんなことをハイネンが話していたのをレオドーラは思い出したのだ。
試す価値はある。
「少しの間、こいつの動きを止めてくんねぇか」
「ああ」
マノは剣を適当に(そうレオドーラには見えた)幽鬼に突き刺したので、不愉快きわまりない悲鳴が辺りに響いた。頭に響くなぁおい、と文句垂れたくなりながらそれを飲み込む。
動かなきゃなんだっていい。
レオドーラは幽鬼の顔の方を警戒しながら覗きこむ。幽鬼が探していた人物がもし見たら、召喚主が見えるというが、関係ない人が見たらどうなのだろう。何が見えるのか。または見えないのか。
幽鬼の顔、その不気味な目を覗きこむ。真っ暗だったが、不意に何かが見えて少し前のめりとなる。
そこは薄暗かった。どこかの部屋、だろうか。壁があり、床もある。そしてこれは…ベッドだろう。部屋の感じは古いのにベッドは採金持ってきたというような新しさ、使っている感じがある。そしてそこに赤色が見えた。「こいつ……ヤヒアか?」指名手配されている男だ。
ヤヒアはいらだたしげにベースの向こう側へとまわり、何か言っているようだがわからない。
だが、相手がある。
ヤヒアの向かいにいる人の姿が顕となり、「こいつはっ…」よりによって枢機卿衣であり、しかも金の髪の姿。その特徴ならは、あいつしかいない。レオドーラは拳に力が入った。そして――――。
おいおいまじかよ。
ベッドにはよく知った顔があった。名前をいいかけた唇が震える。言葉が発せられる前に、枢機卿衣が振り向くようにしてこちらに顔を見せた。
アンゼルム・リシュター。
口許を歪ませ、笑って―――――。
「っ!?」
急に真後ろに引っ張られた。
一気に幽鬼から見える映像から現実に引き戻されつつ、レオドーラはそうしたマノに「まだ途中だろうが」と言おうとした。だが、幽鬼の体が一気に姿を変えたら言葉も引っ込む。
幽鬼の体からは人の手のようなものがたくさん生えるという、おぜましいのを目の前にすればおとなしくもなる。
その手は黒と赤色だ。といっても複雑な、どす黒い、とかそういう色である。それは空へと向かうように伸び、何かを求めるように揺れ動く。捕まえ損ねたということなのか、ふっと煙のように消えていった。
もしあれに掴まってたらどうなっていただろう。
ばくばくと煩い心臓を落ち着かせるべく、深呼吸をする。
「幽鬼から見るというのは情報を得ることが出来るが、同時に危険でもある。大抵はただの幽鬼として消滅するが―――使い手、召喚した者によっては今のように"見ている者"に危害を加えることも出来る。知っていて損はない」