とある神官の話
「随分冷静に……。というかお前、見るっつーこと知ってたのかよ」
また心臓がどきどきしながらも、レオドーラはすぐ近くにいるマノにそういう。「何事も経験だ、青年」というのだから、項垂れたくなる。知っていたなら先に言ってくれ、という本音が出そうになる。
だが、マノにはレオドーラにそんなことを教える義理はないのだ。むしろレオドーラの方がこうして助けられているという事実がさらに重い。
「それで、何が見えたんだ」
「助けてくれたのには礼をいう。だが俺の中ではまだあんたは、不審者だ」
「それを不審者の私にいうのか」
「悪いかよ」
マノは微かに表情を和らがせ「悪くない」といった。「むしろ好ましいくらいだ」と。
「危険だからついてくるなといっても、君は無理にでもついてくるだろうな」
当たり前だ。
マノがシエナはどこだと聞いてきた時の、あの迫力は本物だった。殺気ともいえたそれに気圧されたのだ。そこからしてもう一般人なんかじゃないだろう。
強いからといって、レオドーラは負けるわけにはいかない。「彼女は辛い過去を持つ」だなんていうマノの様子を見ながら、レオドーラは身構えていた。何が来るかわからない。
マノは空を見ていた。「その過去は今も彼女を縛る」それは痛みを堪えるような声に、レオドーラもまた彼女の過去を思い出す。
……何故。
マノ自身もレオドーラと同じように、レオドーラのことを信じきってはいないだろう。だが、何だろう。何かが引っ掛かるような、違和感がある。その違和感がわかればすっきりするだろうが、そうもいかない。
「――――よし、行くぞ」
「……は?」
いやいやいや、待てよ。
何を言い出すのか、あるいはと身構えていたそれが一気に抜けた。間抜けな声が出る。
あんなに真面目そうに話していたのはマノだ。だからレオドーラもまた身構えたのである。それなのにいきなりなんだ。
ぼんやりしているレオドーラをよそに、マノはずんずんと歩いていくそれに、慌てて追いかける。「どこ行くってんだよ!」といいながら、ついていくこてについては構わないのか、と思う。事情説明とか、そういうのはねぇのかよ。
しばらく歩くと、マノは口を開いた。
「リシュターは何とかしてあの子に眠る術式を手に入れたがっているが、あれは奴には扱えない」
現在地はバルニエルから完全に離れてしまっている。とはいえまだ近いだろうが、自力で戻れる自身がない。
自分が一体バルニエルのどのあたりにいるのか全くわからないので、ここはマノに任せるしかない。万が一マノと別れたならばそれはそれで、自力で何とかするしかないだろうこともわかっている。多分ないだろうと信じたい。
遭難死など洒落にならない。
レオドーラにはここでマノが自分に何かしてくるなどとは思わなかった。それは所謂"勘"でしかないのだが。
この暑さと度々ある戦闘で疲労すれば、マノは短いながらも休憩をとる。それは何も自分自身のためではなく、レオドーラのためであるということは、レオドーラにはわかっているし、少しでも手の内を見せてくれているのは敵ではないということだろうか。
―――どこまで知っているんだよ。
限られた人物しか知らないようなことを知っているだなんて……。
只者ではない。
レオドーラは「扱えないって?」と聞き返した。
「そういう風にしているはずだ。アレクシス・ラーヴィアも、な」
……"も"、かよ。
迷った。それは下手したら不味いことにもなりかねないからだ。
しかし、決める。