とある神官の話

『私は今まで多くの死を見てきた。守れたものよりも、死の方が多いだろう』

『お前は多くを救っている。あの子がああやって笑っているが証拠だ』

『だといいんだが』

『お前がそんなんでどうする。子供は些細なことでも感じとるぞ』

『ああ、わかっている』





 開けられた窓にセラヴォルグは近づく。
 それにファーラントが先に気づき、花を手にしたシエナに教えてやる。シエナは手をふった。それにセラヴォルグも答えるよう、手をふる。

 どこにでもある父親と、子供の微笑ましい姿だった。



 そのまま彼は『私は、あの子を必ず守って見せる』という。
 振り返った顔はまるで戦いにでも行くような顔で、アーレンスは思わず身構えた。

 普段そんな闇堕者などを裁くような顔をしない彼だからこそ、アーレンスは何か予感した。そんな顔をするなといいたかった。何か不吉だから。『だから、アーレンス』彼は真剣だった。真剣に、アーレンスに本来の用件を話し始めた。それは親ならば、大切なものがある者ならば、わかるものだった。
 
 アーレンスには子供がいる。ファーラント、クロイツ。彼らのためならば、身を削るだろう。危険ならば守るだろう。
 友人のそれは、痛いほどわかる。


 そして、友人に誓うように頷いたのである。






 ―――――アーレンス・ロッシュは昔のことを思い出していた。


 あのとき、セラヴォルグはアーレンスに頼み事をした。自分の身に何かあったときのことであったそれを不吉だと思ったものだが……。神官であり、戦う機会が多いほど危険が伴うことを理解しているからこそのものだったのだ。

 彼は、いつだって覚悟をしていた。
 だが、その覚悟は今までと同じというわけにはいかない。
 なんたって、"娘"が出来たのだから。

 あのとき頼まれたのは、シエナのことだ。もしセラヴォルグの身に何かあった場合、一人になってしまう"娘"を頼むというものである。
 何故それがアーレンスへだったのか。
 恐らく友人で子供がいるのはアーレンスくらいであっただろうし、ハイネンだとあちこち転々とするだろう。シエナのことを考えるとやはり、子供慣れしていることや落ち着いた地が必要だったはずだ。



 すまない。

 アーレンスはそう亡き友へと思う。






「父さん」




 弓を手に、腰には剣を下げたクロイツがそこに立っていた。
 その表情は暗い。

 アーレンスの手には剣がある。
 その剣はフィストラの名が刻まれている。魔物闇堕者に効果がある神官の剣だった。

 
 ――――それはいきなりだった。







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