とある神官の話




 聞けばハイネンらはついさっき戻ったらしい。
 そしてジャナヤは前の報告通り、これっいってなかったという。ある程度は予感していたとしても落胆してしまいそうになる。


 なら、ジャナヤにいた神官らが気絶していたというあれは、一体何だったのか。





『時間稼ぎかと』

「……だろうな。撹乱目的とも思う。彼処はいろいろとありすぎた」

『だとしたら、まんまと踊らされていたわけですよ。私たちは』

「そうなる、な……」





 電話ごしのハイネンは酷く冷静な声だった。
 それがまた、嫌な予感を与える。





『――――確かめたいことがあるのです』





 ――――電話を切った。
 一室に残されたアーレンスは、ハイネンの言葉を耳に残しながらおおきく息を吐いた。


 そして己の机を見る。
 机には書類なんかの他に、写真が飾られている。息子であるファーラントとクロイツ、それから聖都に行く前のシエナがいて、微笑む。
 もう一枚はアーレンスとレオドーラも入った写真であり、同じくそれぞれ微笑みを浮かべていた。

 セラヴォルグが亡くなった後、シエナが普通に笑ってくれるようになるまで時間がかかったこと。笑ってくれるようになったこと―――些細なことを思い出す。

 彼女が成長するたびに、そのことを亡き友へ言ってやりたくなった。



 彼女は、今……。
 そして、レオドーラもまた姿を消してしまった。


 ハイネンは詳しくは聖都に来てからだと話した。つまり、聖都に来いということだ。
 そう簡単に、という間もなくハイネンは「転移術の使用許可をむしりとりましたから」と続けた。移動時間も惜しいらしいそれだけの何かがあったのか。

 ならは、行くしかない。
 行って、ハイネンのいうそれを聞いてこようではないか。


 聖都だからといって油断は出来ない。現にあのリシュターから、ゼノン・エルドレイスが術を喰らったのだ。

 部屋を出て、同じ高位神官に事情を説明し、不在の間を任せる。
 次に、といったときのことだ。




「父さん?」




 己に似ていると言われるファーラントがいて、「ちょうどよかった」という。クロイツの姿はないが、ファーラントに伝えてもらえばいい。
 ハイネンからの連絡があったことを話し、それからアーレンスは聖都に向かうことを言えば、ファーラントはうなずく。



「ここは俺たちに任せてくれ。クロイツには俺から伝えておく」

「ああ。悪いが、頼むぞ」

「気を付けて」

「お前らもな。油断するなよ」




 ファーラントはわかってるさ、と苦笑を浮かべながらアーレンスを見送る。
 今バルニエルを離れるのは、どうなのかわからない。だが、今聖都に向かう必要があるからには彼らに任せるしかない。

 アーレンスは、朝早くに聖都に向かうために先に準備をすべく自宅へと向かった。

 胸に、嫌な予感を抱えたまま。

 





< 691 / 796 >

この作品をシェア

pagetop