とある神官の話


  * * *




 散々一人でぶつぶつといいながらジャナヤの敷地内を彷徨いていたかと思うと、ハイネンは今度は戻ることをあっさりと告げた。

 そのあっさり具合に、思わずゼノンはランジットらと顔を見合わせたくらいである。

 なら先ほどまでの独り言は何だったのかとも思ったが、考えて何かを見つけた際は大抵こんなものだと口を閉じた。



 ジャナヤを一通り見ても、これといって何か引っ掛かるようなものはない。
 ジャナヤに滞在していた神官らにもまた確認を取ったが、報告にあった通りであり、彼らに何があったのかさっぱりなままだった。

 となると、ジャナヤにあのままいても時間の無駄とも言えるだろう。



 ―――そして、だ。



 ハイネンとともにジャナヤから聖都に戻って来たときにはすでに遅い時間だった。
 だが"とある話"をした後、ハイネンは「報告するだけのものはジャナヤにはなかったですが」と報告書を纏めながらもエドゥアール二世の元に行った。そして戻ってきて、とある人物に電話をかけた。
 
 遅い時間ということもあって、ハイネンはゼノンらに解散を命じていた。詳しい話しは明日、ということになったのである。


 なのでそれぞれ自宅に戻ったり、あるいは宮殿に泊まったりなどして一夜を明かしていた。そして朝早くゼノンはランジットと合流し、人の少ない聖都を歩いていた。靴の音が響く。
 朝方であるが、むっとした空気に今日も暑くなりそうだと思う。夏用の神官衣であっても暑い。
 
 大きな欠伸をしているランジットの「なあ」という言葉になんだ、と返す。





「お前、冷静だよな」

「そう見えるか?」

「楯となるのが俺なのはいいとして、お前はなるべく冷静でいろよ。……今のお前は、ちょっと危険だ」

「言われなくてもわかってるさ」





 大切な人が消えたというそれで、ゼノンの胸は一度黒に染まりかけた。
 だがそうなると向こうの思う壺である。冷静にならなくては殺られる。シエナも助けられない。
 だから何がなんでも冷静でいなくてはならない。

 大体の流れとしての話しは、昨日聖都に戻ってきてすぐキースから聞いていた。それによって更に自分の中に焦りと怒りが入り交じったそれが燻っていることも知っている。
 そして長い付き合いであるランジットもそんなゼノンをわかっているから、聞いてきたのだろう。
 

 ゼノンがここで一人怒りに任せて動いても問題は解決しない。
 だからこそ、ゼノンは頭を使うのだ。策を練り、対策法を探す。


 あの日、ゼノンはランジットのもとを離れ、エドゥアール二世のもとへいった。そして廊下でリシュターと会った。本来ならばいるはずのない彼はゼノンになんといったか。
 ―――貴方はどうしてそこまでするのです。
 その冷たい瞳をこちらに向けていた。




 ―――取り出せないというのは実に厄介です。あのアレクシスも最期の最期まで煩わせながら死んだだけのことはある。

 ―――お前は……なんなんだ?
 ―――私にもわからないのですよ。始まりの"私"が生まれたのは、誰も覚えていないのですから。私自身も、ね。





 あれはどういう意味なのか。

 アレクシスの最期……まるで知っているような言い方ではないか。






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