とある神官の話







 エリオンは直接話したことはないだろうが、ゼノンは違う。話したこともあるし、手合わせもしたことがある。
 それに、レオドーラはゼノンと"同じ"である。だからこそ好敵手とも思えた。

 そんな彼が、幽鬼にさらわれた?

 ランジットの「おいおい」という声に、ゼノンもまた何故と思う。幽鬼がレオドーラを狙ってくる理由は一体なんだ。聞いてみればアーレンスは首をふる。

 次から次へと問題ばかり、か。

 しかしまだ問題が出てくるからいい。出てこなくなった時が怖い。問題が出てくれば、そこからなにかしら辿れることもある。だがそれがなくなったら難しい。
 ゼノンは険しい顔のアーレンスらを見ながら「彼なら」と言葉を紡ぐ。





「そう簡単にやられないはず。剣術は見事なものでしたから。幽鬼に連れ去られたならば、早い段階で不利だと抵抗し逃げようと、または他の神官へ何らかの方法で知らせようとするはずですが…」

「ああ。私もそう思う。街や神官らがある場所から距離が開けば、応援がくるまでの時間稼ぎも厳しくなる―――見つかれなかったならば、彼に何かあったというのは間違いないだろう」





 彼の身に何があったというのか。 

 そんな沈黙を破ったのは「気になるでしょうが」というハイネンだった。

 そう。

 アーレンスを聖都に呼んだのはレオドーラのことではない。彼のことも気になるが、今はハイネンが持っている資料らのことだ。

 資料らはシエナに関するものであることを、アーレンス以外はすでに知っている。だが何かを予感したのか、アーレンスの目に鋭さが宿る。





「セラヴォルグが死ぬことになったあの事件についてまとめたのは貴方でしたね。アーレンスを主体として他の者らとまとめたのは」

「……そうだ」

「これを見てください。この資料らの写真などから、エドガー・ジャンネスという能力持ちの神官が"見た"結果です」





 別紙をアーレンスに手渡す。
 彼の目は滑るように文字を辿る。ジャンネスのそれをキースがさらに纏めた結果を見ていき、紙を持っている指に力がこもったためにしわが寄る。

 眼帯に覆われていない目が、何かを思い出すように閉じられた。
 それは自分を落ち着かせるためであり、そしてその光景の無惨さを思い出したためであろう。


 ゼノンもその内容に関しては目を通している。
 ジャンネスの能力で"見た"ことをキースが纏めたものだとはいえ、それなりの威力があった。文字は映像を浮かばせ、または甦らせる。悪夢となり襲いかかるだろう。
 
 アーレンスはしばらくの沈黙から、唇をふるわせた。




「お前も知っているように、報告書なとまはあくまでも上へのものだ」




 それは低い声だった。




「その判断次第で、あの子がどうなるかわからなかった。……わかるだろう?」

「…ええ」

「だから私はあの場所にきた神官らが見たであろうこと、同じようなことしか書かなかった。私自身が見たものを書かなかったのだ――――あの子を守るために」




 ――――話すべきだろう。
 そういうと、アーレンスは静かに話し始めた。




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