とある神官の話



「―――ここまでのことは報告書にあることだ」

「ええ」

「しかし……私が彼らを見つけたあたりの話で書かなかったこともある」




 アーレンスは何かをこらえるように、それでいて当時のことを伝えるべく「シエナはウェンドロウを守っていた」と吐き出した。
 もちろん、報告書には書かれていない事実である。

 


「奴は自分を守り、そしてセラヴォルグを殺すように囁いたのだ」






 ――――アーレンスがまとわりつくようなフードの連中や人形などを相手にしている中、ウェンドロウは少女に殺せと囁く。



 ああ、助けにくると思ったかい?誰かが救ってくれると?
 ふふふ。馬鹿だねぇ。知っているだろう。わかっているだろう。シエナ。お前は私のものだよ。私しかいない。お前には私だけ。今まで見てきただろう?多くの死を。あれはお前を助けに来たんじゃない。むしろ殺しにきたのさ。何故かってそれは、君がもう普通じゃないからさ。普通じゃないというのは、恐ろしいからねぇ。わかるだろう?
 だから、ね。
 殺してしまえ。




 それはシエナを縛る術のようなものだ。彼女をそうしたのは、ウェンドロウで。

 シエナは囁かれるそれに恐怖が広がる。そして言われるがまま、セラヴォルグを"敵"とした。そして操られるように能力を使う。





「知っての通りあの子は上位の魔術師の能力持ちだ。まだ幼いとはいえそれなりの力を発揮する」

「まさか……戦わせたんですか」




 声がふるえた。
 ゼノンが知るシエナは養父であるセラヴォルグが大好きだ。それに聖都のシエナの家が荒らされた時、そこで見た写真の二人は笑顔だった。幸せそうな笑顔。やや変わった服を青年のような見た目のセラヴォルグと、少し照れたような顔をしているシエナをゼノンは見ている。
 そんな二人を戦わせるなど……。ゼノンは怒りを抱えたまま耳を傾けた。




 シエナはセラヴォルグが自分の養父であり、大切な人であるということが思い出せないままでいたからこそ、養父であるセラヴォルグへ攻撃が出来た。認識上は、ウェンドロウが囁いたそれの通り、"敵"であったのだ。
 

 しかし、セラヴォルグはそうもいかない。


 知っての通り、彼はシエナを愛していた。我が娘として、他者をうんざりさせるくらい自慢する親となっていた彼は――――戦うのも、傷つけるのも躊躇した。

 ウェンドロウを狙おうとすれば、人形らにまじりシエナの防御が展開される。
 そして弾かれた攻撃は建物を直撃し、崩れさせる。

 セラヴォルグは必死だった。シエナもシエナで、"敵"を何とかしようとしていた。少女には不釣り合いな刃はセラヴォルグを傷つける。
 やめろ、といいたかった。
 実際、アーレンスは叫んだ。だが刃は傷をつける。セラヴォルグはシエナの名前を呼ぶ。止まらなかった。






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