とある神官の話
セラヴォルグは隙をついて、シエナを捉えた。
手にしていた刃が自分に刺さるのも構わずに、シエナを抱きしめた。
ウェンドロウの支配と、何かの葛藤。抱きしめられたシエナは暴れたが、やがて抵抗するのを止めた。
「単に刺されたくらいならば、ヴァンパイアは死なない。だからあのとき、私はほっとした。助けられたと思ったし、あとはあの元凶だけだと」
アーレンスは倒しても寄ってくる人形らを"緑化"しながら、セラヴォルグらに近づこうとした。
だが、そこに響いたのはウェンドロウの狂ったような笑い声。馬鹿だね!本当に馬鹿だよ!後半は攻撃何をいっているのかわからないそれと共に、アーレンスはぞっとした。
ウェンドロウは術を展開してみせた。
何の術かわからない以上、アーレンスは退避を選ぼうとした。間に合うか、間に合わぬか。
しかし、セラヴォルグらをそのままにしておけなかった。彼の名前を呼んだが――――セラヴォルグがシエナを庇いながらウェンドロウに何かを放つのと、術が光となって辺り一面を覆い隠した。
反射的に、アーレンスは顔を庇う。
光がおさまったらしいそれに、腕をおろした。目か強い光にやられ、中々機能しなかったがそれでも少しずつ順応し始める。
静けさがあった。
外の方が騒がしいのは、どうやら神官らが派遣されたらしいとアーレンスはわかる。エドゥアール二世が急がせたのだろう。
だが、先ほどまでと今では何かが変わってしまっていた。
「ウェンドロウの死体と、血に濡れ茫然としたシエナがそこにいた。ウェンドロウが死んだからか、人形も次々倒れる中、私はまさか、と思った」
瓦礫のような残骸でバランスを崩しながら、アーレンスはシエナの側へ向かう。少女の顔には動揺と、恐怖。それから自分が何をしたのかというそれが思い出された嫌悪と、後悔。体は震えた。少女の色の失った唇が『私のせいで』という。
セラヴォルグは、倒れていた。
アーレンスはすぐさま何かしようとした。膝が落ちたシエナは傷はさほどない。問題は男だ。わかっている。わかっているが、認めたくなかった。認めればそれはすなわち、そう。別れを意味する。
血に濡れた手は何か出来ないかさ迷う。何か、何か!
血に濡れた手は、小さな手を掴む。『そ、んなことはないさ。ちゃ、んと戦って、いたの、は、わかっている、よ』血で口許を染めながら、それでもセラヴォルグは笑う。思い出してよかったと。
『アー、レンス―――娘を…頼む、よ』
――――そうして、セラヴォルグ・フィンデルは亡くなった。
沈黙が落ちた。
ジャンネスが見えたというそれと、大体が重なっていた。
しかし、アーレンスが話したそれにどう言葉を発せればいいのか、ゼノンはわからず口を閉ざす。
何故アーレンスが本当のことを隠したのか、ゼノンだけじゃなくここにいる者たちならばわかる。
シエナの身にそんなことがあったと知られれば、元々闇堕者に関係があるかもしれないという彼女の過去もまた引っ張り出され、問題となるだろう。ただでさえウェンドロウのシエナに対する傷もある。セラヴォルグが問題を退けたときよりもさらに困難になるだろうことは容易く想像出来た。
セラヴォルグが死んだあと、追い付いた神官らと合流しながらアーレンスは考えた。
考えた結果、アーレンスはまずはセラヴォルグがシエナを引き取ることを認めた一人であるエドゥアール二世に話すことを先とした。
そこですべてを話した。
エドゥアール二世と、アーレンスの間のみで"真実"は伏せることとし、シエナが不利とならないような報告書となったのである。
だが、とゼノンが思うのと重なるように「ですが」というハイネンが口を開く。
「人影、はどうなんです?」
「……それらしきものは見た」
「見たのですか」
「あの場にはセラヴォルグが死んで、神官が入ってくるまで時間があった――――」