とある神官の話
ウェンドロウが倒れてから、襲いかかってきていた人形たちも次々と崩れおち地面に転がっていく。それは不気味な光景だった。
だがそれよりもアーレンスやシエナを打ちのめしていた事実が痛すぎた。
アーレンスもそうだが、シエナはとくにそうであっただろう。
そんな中、視界に"何か"が動いた。
ここで何かが動くとなればウェンドロウ関係しかないだろう。気を失ったシエナを抱えながら、アーレンスは身構える。
それはまるで幽鬼のように"ヒトらしくない"動きで、滑るように地を進む。そしてそれが向かってくるのはアーレンスらの方向だった。
正体不明なそれに、アーレンスは後退しながら能力を使って木や植物を出現させ足止めをしようとした。だがその不気味な、地を這うようにして形作った影は、アーレンスらから数メートル先で突然人の形となったのである。人の形の影は亡者のごとくこちらに向かってきたが、何かに阻まれたように止まり、数歩後ろへ下がったかと思うと―――消えた。
「そしてすぐ神官らがなだれ込んできた。人影というのは、恐らくこのことだろう」
あの状況で"何か"がアーレンスらの方向へ向かってきたというなら、狙いはシエナてあろうことはわかる。
だが、人影は何なんだ?
ウェンドロウが何かしたのか?
もし、だ。
神官が到着するタイミングがもっと早かったなら、こと細かく報告書が作られただろう。そして―――シエナは神官としてここにいなかったかもしれない。
だが、そうではなかった。
すべてが済んだ後に神官が到着したことによって、アーレンスは事件についてエドゥアール二世と相談する機会を得た。どうすりるの判断を教皇に委ねた。
悩んだであろう。
危険だとされれば、シエナの身は何らかの処置がなされる。わかっていたはずだ。
だからこその、今なのだろう。
これでエドガー・ジャンネスが見えたものについてはほぼ解決した。
が、もちろん最後の人影についてはわからない。そんなとき「魂を砕いて」といわれたら、誰だってそちらに意識が持っていかれる。
声の主はエリオンだった。
「いくつもの道をつくり、私は願う。魂はいくつもの分身となり、私の影の姿となって地面を這うようにして探し求めるだろう。思いは深く、願いは強く、影となった私の魂らは、光を求めさ迷い歩く」
それは何かの一節、のようなものだった。
エリオンはただ覚えていることをのべただけだが、歌手ならばいい具合に歌い上げそうな言葉だった。だがゼノンにはさっぱり覚えがない。エリオンが急にそんなことをしたのを「いきなりなんだよ」といっているランジットや、アーレンスやキースもまた知らない顔をしている。
しかし、だ。
一人だけ「どこでそれを」という反応をした者がいた。
「たまたまヴァンパイア関係の書物にあったもので、覚えていただけです。確か、伝承だったはずだなと」
「伝承…?」
「似てるなとちょっと思い出したんですよ。ただ、ウェンドロウはヴァンパイアじゃなかったですし、リシュター枢機卿長も違いますから」
どの辺が似ているのか。
影、の部分であろうが……関係ないのではとゼノンは思う。
ウェンドロウやハインツ、それからヤヒア、アンゼルム・リシュターなんかを浮かべてもこれといって引っ掛からない。
大半が首を捻っている中、「古い詩、とでもいうのでしょうか」とハイネンが付け加えていく。
「私自身、人から聞いた知識です。私はあまりヴァンパイアらの中で生活したことがないので、古い話はあの馬鹿――――アガレスか、セラヴォルグに聞いたんですよ」
ハイネンは当時のことを思い出し、軽く目を伏せた。
人よりも長い時間を過ごす彼らは、思い出も多くあるのだろう。
「伝承のようなものだそうで―――君に何かがあるというなら私は自分の魂を砕いて影とし、君を守りに行こうとか……ヴァンパイアは死んでも死体が残らないので、生前に魂を砕いてそれに知り合いを守らせる、または心残りのことをさせる、とか…そういう影に纏わる話がいくつもあるんです」
「あの場でヴァンパイアといったら、セラヴォルグくらいだが…彼ならば襲ってくるのは可笑しいな」
「ええ。セラヴォルグじゃないと思いますよ。正体がわからない以上なんともいえませんが、何者か、というのは間違いない」