とある神官の話



 ここまでのことを振り返り、視線をずらす。そこには美貌の男が薪割りをしていた。

 今はフードをよけ、姿を露としているのだが……。

 レオドーラはマノの正体について考える。見た目ならアーレンス・ロッシュより若く見える。いや、アーレンス・ロッシュが鬼みたいだからか?いや、まあいいとして…。もしアーレンスよりも若いなら、少し違和感がある。
 マノはレオドーラを見て、アーレンスの息子であるファーラントの名前を出した。ファーラントはレオドーラより年上である。小さい頃のファーラントを知っているということは、当時マノも若かったはずだ。それから数年がたつ現在、あれでは若く見えすぎないだろうか。

 考えられることは、いくつかある。




「レオドーラ」



 いつのまにか終わったらしい。
 近くに立つマノが「何を考えている」と、まるでレオドーラが考えていることを知っているような言い方をした。
 マノの表情には何も浮かんでいないため、マノが何を考えているかレオドーラはわからない。




「むしろ俺が聞きてぇよ」

「そう苛立つな。今は焦っても意味がない」

「意味がないって……」




 焦りと、不安。
 何もできないもどかしさ。

 こうしている間にも、シエナの身に何あったら、もう起こっているのではないかと考えてしまう。だから「なら、どうしろというんだよ」と洩らしたくなるのは仕方ないではないか。

 もらしたところで、苛立ったところで何になる。何もならないではないか。

 唇を噛みしめ、雑草を捨てる。「お前なら何とか出来るのか」 だなんていうのは最早八つ当たりだ。
 悪い、と謝りながら立ち上がる。




「あいつ、バルニエルで生活するようになった当時、全然笑わなくて」




 突然何をと思ったかもしれない。だが、レオドーラは思い出す。
 ロッシュ兄弟と、何処からかやってきた少女。
 少女を見て、笑うのだろうかと思ったことを。



「けど時間がたつにつれて笑うようになって、一緒に学校も通って神官になったのはいい。けど、あいつはバルニエルじゃなくて聖都の神官になっちまって、心配してた。色々と知っていたから余計大丈夫なのかよってな――――で、今は行方不明。どうにかしてやりたいっていうだけじゃ、何にもならねぇってことが、俺が何にも出来ねぇってことがムカつくんだよな」




 わかっている。
 口だけでは何も意味がないことを。
 だからレオドーラは選んだ。危険である方を、シエナへと繋がるかもしれない方を。

 レオドーラの独り言のようなそれを、マノは黙って聞いていた。だが「そう、なのか」という声に重く沈んだものがあった。




「あの子は、いつも傷ついてばかりだな」




 レオドーラはシエナの過去を知っている。残酷な過去。だがレオドーラが知り、抱いた痛みと、本人のでは比べ物にならない。第三者でさえ、顔を背けたくなるようなものを体験したのだ。計り知れない。
 マノまた、シエナのことを何とかしようとして動いているなら、彼女の過去を知っているのかもしれない。だからそんな言葉を吐き、顔を伏せた。



「なあ、マノ」

「なんだ」



 近くで子供たちの声がする。鳥の鳴き声は平和そうに響き、生ぬるい風が過ぎていく。田舎は事件とはあまり縁がない。
 
 ここまでマノにくっつくようにしてやってきて、レオドーラは考えていた。さりげなく観察をしながら、何者かを探った。
 只者では、ない。
 戦うのもかなり慣れているし、アーレンスらのことも、ハイネンのことも知り、そしてシエナのことも知っている人物。シエナの過去までも知っているのなら――――。

 わからない。
 わからないが、勘といってもいいものくらい聞いてみてもいいだろう。別に答えが返ってくるとは思っていない。ただ、答え次第では少々変わってくる。

 変えなくては、ならなくなるのだ。




「お前――――」





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