とある神官の話
* * *
――――???年。
まるで、そこは掃き溜めのようだった。
道には生きることを諦めたような、そんな人が項垂れている。それだけじゃない。死体だって転がっているのは日常ではあることで、誰も見向きもしない。
そんな死体がその場で朽ちていくこともあれば、誰かが持ち去ることもあるという。
物取りなら死体ごとなど持ち去ることはしないだろう。死体といっても重いし、しかも身なりは汚いようなそれが何を持っているというのだろう。
前に、聞いたことがある。
死体、しかも新鮮な死体は使い道があると。
死体だけじゃない。生身の人もときおり姿を消す。死体になっているか、あるいは―――"実験"されているのだ、と聞いたことがあった。なんの実験かは、大体想像はつく。
そんな道を、少年は歩いていた。
やや雑に切り揃えられた黒髪は、少年が歩くたびに揺れる。ときおり道に転がる何かを飛び越えることもあり、そのときは毛先が踊るように動いた。
少年の身に付けているものはずいぶん痛んでいたが、どうすることもできない。
少年は自分が今いるここが全てだ。こんな世界だが、ひたすら信じるしかなかった。信じていた。
少年はぼんゆりと周囲を見ていた。打ち捨てられた光景。人影もあるが、みな同じようなものである。表情は暗い。目をそらし打ち捨てられた道を歩く。ときおり曲がり、進む。
自分はあんなじゃない。
自分は、違う。
自分は、自分は………。
古い建物のドアをあける。軋むような音を聞きながら「ただいま」と控えめにいった。答えはない。返ってくることもあるが、ないこともある。だから気にはしない。少し寂しさのようなものを感じる。
小さな部屋は乱雑としていた。部屋数もまた少ない。
居間にはゴミや日用品が散らばる。
居間とは別の部屋に向かい、扉越しに「母さん」と声をかけた。扉をあけるまえに、少年は少し躊躇いを見せる。玄関には自分が知る靴しかなかったと思いだし、扉をあけた。
独特な"何か"の匂いがして、少年は眉を潜めたくなった。が、それもいつものことなので、毛布なんかがぐちゃぐちゃのベッドにいるそれに「何か買ってこようか」という。
「いらないから、放っておいて」
荒れて捨てられたような地区には、同じような状況の者などいくらでもいた。運が悪ければ死んでいくし、売られてもしまう。下手したら殺されることもある。誰にも守られない子どもなどたくさんいる。ひとりきりな子ども。
そう思うと少年は自分はまだまマシではないかと思う。自分には、"大人"がいる。家がある。いくら自分が出来損ないであっても、まだ――――。
でも、少年は"母"の青白い顔を見て思うのだ。
なんて、醜いのだろうと。
ああなんて、苦しいのだろうと。
ここではいくら頭がよくても、何の役にもたたない。食べる、生きていくには強さのほうが身を守ったり奪ったりするのに必要であった。
少年は扉をしめ、乱雑とした居間に一人立つ。
自分は、一体何であろう。
少年の父親は人間である。
そして母親はというと、その人間の寿命の倍は生きるというヴァンパイアだった。
父親はすでにいない。どこの誰だか少年は知らない。母親の「私は捨てられたのよ」というそれを聞いて知っていたし、恐らく本当であろうとも思っていた。
母親は人間よりも力のあるヴァンパイアであるというのに、こんな場所で娼婦まがいなことをしながら、薬に溺れている。少年が物心ついたときからすでにそうで、最初は"母親"に気に入られようと必死だったが、今は違う。冷静に見ていた。