とある神官の話






 当事者にとっては悲劇でしかないが、別の見方だと喜劇、娯楽に見られることも少年は知っている。


 人間とヴァンパイアの子どもである自分は、"役立たず"であることを感じさせられていた。少年は血が無くては生きていくことが出来ないというヴァンパイアのそれを受け継いでいたが、身体能力は今のところ人間と全く変わらないことに、絶望に近い何かを感じていた。

 喧嘩にしろ何にしろ、負けるのは自分で、地に這いつくばるのは自分。

 ああ、苦しい。
 苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい。


 薬のせいで、母親はだんだんおかしくなっていった。

 おかしくなった母親が、少年に牙をたて血まみれにさせる。




「あんたを」



 ねえ、信じていた。



「生まなければ」



 どうして。
 食い込む牙と、まるで亡霊のような、壊れてしまった母親。



「誰がお前なんかを愛するか!」



 母親は狂ったように叫び、口を真っ赤に染めて笑っていた。
 出来損ないめ。混血児め。何故。何故。捨てたのよ!忌々しい。


 ――――どうして。
 少年は苦しさに堪えきれず、いつも身に忍ばせているナイフを手に取り、切りつけた。這うようにして逃げようとした。"何か"から逃れたかった。もう嫌だ。嫌だ嫌だ。違う。少年は否定する。信じていた。でも苦しかった。苦して、自分を騙して、嘘をついて、そして――――。



「……はは」



 手からナイフが滑り落ちた。赤色。あちこちにそれはあった。まるで花のようだと思った。
 動かなくなったそれを見ながら、少年の口から声が漏れた。それは犯してしてしまった罪からのものではなく、全てを嘲笑するような笑い声だった。



 歯車は少しずつずれていた。
 そしてついに、壊れてしまった。


 少年は全てを捨てた。そしてまた全てを欲しがった。様々なものを知るために行動した。強さを得るために何でもこなしてみせた。
 この空しさはなんだろう。
 この、どうしようもなさをどうしろというのだろう――――。



 少年はいつしか青年となり、いつしか古の術式や古文書などに没頭し始める。

 青年は、才能があった。

 だが、"欲しいもの"は手に入らなかった。ああ、どうして。青年は何かを信じていた頃の自分を思う。みすぼらしい哀れな自分。壊れていく母親。"闇"への魅力と危険。


 青年はもうどうでもよかった。自分の思うままに生きた。
 生かすこともあれば、平然とその手を赤色に染めて見せた。実験のために多くの材料をえて、亡きものにした。

 はじめはそれなりに愉快だった。

 そはして歪んでいく自分も可笑しくて、愉快なものの一つとして見ていた。

 悲劇は喜劇。

 自分を混血児と罵っていた者が、這いつくばり命乞いをする光景を、ひねり潰したときの爽快さ。新しい研究材料が見つかったときの、なんとも言えない心地。


 だが、青年はいつも餓えていた。欲していた。胸に何かが足りなくて、それを何かで必死に埋めようとした。だがそれは埋まることのはない、深淵の闇だった。


 ―――なんて、残酷なのだろう。


 多くの血を浴びながら、青年は生きてきた。

 そしてそんな青年に―――悪魔が囁いた。




  * * *








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