とある神官の話



 アーレンス・ロッシュが作成した資料などを見ながら、ゼノンはアーレンスが話していたことを振り返っていた。それはこの資料などにはない事実である。

 レオドーラ・エーヴァルトの件があるので、アーレンスはすでに聖都を去ったあとだ。
 今部屋にいるのはゼノンのほかにエリオンとランジットだけだ。キースとハイネンはエドゥアール二世のもとへ行っていてまだ戻らない。



「先輩は本当に行くつもりなんですか」

「ええ、いきますよ」



 エリオンの表情は険しいままだ。ランジットは何も言わず、外の景色を見ていた。


 あのセラヴォルグ・フィンデルが死ぬことになった地について、ゼノンはアーレンスに聞いた。
 その地は現在、朽ちかけた建物があるくらいなはずであると。
 
 清められたとき、アーレンスが能力で"緑化"し木々や植物の成長を早めたため、ジャナヤ以上に自然に近くなっているはずだ、と。
 しかし、そう。
 "はず"、なのである。

 シエナに眠る術式について少しでも情報や手がかりを得たいなら、彼女に関係するもの全てに目を向けるはずだ。リシュターはもともと聖都にいて、枢機卿長という身分であり、そこで得られるものはすでに得ているだろう。


 彼女についての情報は主に聖都に保管されているので、他のことを考えると、だ。

 セラヴォルグが亡き後、シエナはバルニエルに住んだ。なのでノーリッシュブルグにいるミスラ・フォンエルズよりも、シエナを引き取ったアーレンス・ロッシュのほうが何か知っている可能性は高い。
 わざわざセラヴォルグ、アーレンス・ロッシュにシエナのことを頼んでいたのだから。

 前に聖都のシエナの家が荒らされたことがあった。
 あれは今のところ犯人はわからないままであるが、今思うと何か術式について手がかりを探すためだとか――――そういう何かがあったかもしれない。

 しかし、だ。

 アレクシス・ラーヴィアがそうであったように、セラヴォルグも手がかりになるようなものをそう簡単に残すはずがない。
 


 ―――シエナにとって、大きな出来事といったら。

 セラヴォルグの娘になったこと、ウェンドロウの件が、父親の死とヴァンパイア……。
 
 アーレンスが見たというウェンドロウが発した術や、そのあとの不気味な影。セラヴォルグは負傷していたとはいえ、死に至るような傷ではなかった。
 ウェンドロウが何かの術を展開したのを見たあとは、まずシエナをかばった。それと同時に反撃をする。
 そして、シエナは無事でセラヴォルグは亡くなった。


 ウェンドロウはシエナに執着していた。
 それを死に追いやるような術を放つだろうか?もっと何か別のものであった可能性もある。

 そして、だ。


 エドガー・ジャンネスが最後に見たのは、廃墟の建物だったというのも引っ掛かっていた。それまではセラヴォルグが生きていた、そうそう建物も壊されたばかりであるというのに、最後に見えたのは、回りを緑に囲まれひっそりとある廃墟―――意味深である。

 

「見に行けないですか」

「行けないことはないだろうが……」



 気になったゼノンの問いに、アーレンスがそう答えたのである。
 あの地に、行く必要があるか。
 普通なら、必要はないだろう。だが、手がかりがない今、確かめてもいいのではないか。その地は、シエナにとって大きな意味のある地でもあるのだから。

 ハイネンもまた気になってはいるようで、結局エドゥアール二世に相談することになり、まだ戻らない。


 ―――もし行くことが許可されたら。




「本当にわかってるんですか」

「危険だということか?」

「それもそうですが、もし、手がつけられなくなっていた時の覚悟はあるのかと言っているんです。惚れた腫れたじゃどうにもならないことだってある―――はっきりいいましょう。先輩は、彼女を」

「エリオン」




 鋭く割って入ったランジットに、エリオンは口を閉じた。何だか嫌な雰囲気だと思いながら全く、と息をはく。どちらのこともわかるから、なんとも複雑である。だが「二人とも面白くない顔をしていますよ」といえば、「は?」と揃ってこちらを見た。

 その顔に思わず笑ってしまう。




「お、おい…?」

「―――私にはきっと、手にかけることは難しい、いえ、出来ないでしょう」

「……」

「かといって、黙って見ていることも私には出来ないし、したくはない」







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