とある神官の話
――――どうなってるんだ。
ヴァン・フルーレにまだいるのだが、とアゼルは近くへと目を向ける。
そこにはかなり顔色の悪いアガレス・リッヒィンデルが横になったまま、ぴくりとも動かない。
アレクシス・ラーヴィアの墓の前で、アゼルたちは幽鬼と遭遇した。街中で幽鬼と遭遇だなんて…。どうやってと考えたとき、"あいつ"の仕業であろうとすぐに見当がついた。狙ってくるなら間違いないだろう。
それから今アゼルの中を占めているのは、その幽鬼から見えた光景である。そして……。
アガレスが血を吐いた。
墓地の静かなそれに赤色が咲く。
幽鬼越しに見える向こうでは、リシュターが笑っていた。死に損ないめ、と。それはどういう意味なのか。死に損ない…。
ぎょっとするほど血を吐き苦しんだアガレスは、その言葉は嫌というほど当てはまる姿だった。ラッセルも焦った顔をしたし、アゼルも同じだった。
アガレスはヴァンパイアである。ヒトよりも丈夫であるのは、間違いないがそれでもあれだけ苦しめば不安にもなる。そんなアゼルやラッセルを無視するかのようにアガレスが「そういう貴様もだろう」と反論していた。血の色で染まった口許を拭いながら幽鬼の目を再び見ていた。
やりとりがある、こちらから向こうが見えているということは、だ。その逆、リシュターの方にもアゼルらの様子が丸見えだったということだ。
アゼルは幽鬼の目越しに見えたそれに、何故と思った。何故。どうして。
リシュターはアゼルやラッセルのことを気にせず、かわりに枢機卿長として尊敬されていた頃と変わらない笑みで『アルエ・ネフティスのことは私も残念だったと思う』といった。
"アルエ"というそれには聞き覚えがなかった。名前からに女であろうが、誰なのかはアゼルもラッセルもわからない。だが、あのときのアガレスの殺気はとてつもないものだった。アゼルは僅かに震えそうになるほどである。
――――あれは、怒りなんていうものじゃない。
怒り、以上だ。
アガレスをそれほどまでにさせる"アルエ"とは一体何者なのか。
「考えられるのは友人か、身内か、あるいは恋人かってところか」
「だろうね」
ラッセルが枝を炎へと投げ込む。
―――墓地での出来事の後、アガレスは激しく血を吐いたからか、ふらついてまともに歩けない状態であった。もちろんそのままにしておくことは出来ないし、場所も離れる必要があった。
そのためラッセルとアゼルが街の外へと連れ出したのだ。
今いるのはヴァン・フルーレの近郊、といった場であるから、油断は出来ない。
アガレスがふっつり意識を手放したのだが、それから一度も目を覚まさない。
アゼルはリシュターとアガレスのやりとりを思い出していた。
―――良い記録はとれたから、問題はない。
―――貴様らはそうやって多くの者を殺したというのに、問題がないだと?
リシュターはたんたんとのべていた。多くの人を実験体として死なせても、それを平然と話すそれは…もはやヒトとは別のもののように見えた。
アゼルは恐ろしい、と思った。手が震えた。怒りのせいでもあるだろうが、恐怖の気持ちも強かった。
裏で禁術の研究、人体実験のどをする者ら<神託せし者>を引き継いだという"アンゼルム・リシュター"は、本当にアンゼルム・リシュターなのか?
――――お前はまた、救えない。
そんな言葉をアガレスへ投げると、幽鬼の姿が一変。黒と赤の混じった色の手が幽鬼から生え、何かを求めるように伸びた。引きずり込もうとするそれに、アゼルは絡め取られそうになったのを、ラッセルに引っ張られ事なきを得たのだ。
炎が弾ける音を聞いた。
溜め息。
アガレスと別れるべきか。いや、こうなった以上離れるわけにはいかない。アガレスはまだ何か知っているし、やろうとしている。もちろんリシュターを何とかするためであろうが、アゼルには読めない。
「リシュターは何処かの部屋にいた」
「ああ。薄暗い嫌な感じの…」
部屋の細かいところまではわからない。室内であるから、場所もさっぱりだ。
このままでは、本当に……。