とある神官の話



「もしリシュターが"本当の"リシュターじゃなくて、中身は別人ってことで考えると…魂を移したってことだよな」

「それがどうした」

「まあ聞いてくれ―――その方法は禁術だろうし、破壊されたものを新たに研究して復活させてとしても、完璧なものじゃないってアガレスはいっていただろ。人形に魂をいれるのだって同じようなものだが、欠点がある」



 人形は脆い。精巧なものだとぱっと見、人と見分けがつかないが、ヒトよりもその体は脆いし、元々自然に逆らっているそれは、"長持ちしない"といわれる。




「ウェンドロウはハインツを支配して乗っ取った。でも一つの体に二つ魂は入るわけがないから、本来の魂を封じて無理矢理乗っ取っていた―――それで普通に生きていけるなら、リスクの高いシエナを狙わなくてもよさそうじゃないか?シエナではなく、別人でもいい」

「それは…シエナの中にある術式のことを知っているからじゃないのか。それに…執着ともいえる」

「まあそうなんだが―――完璧じゃないから、中身が別人のリシュターだって完璧じゃない。欠点があるから、急に全てを捨てて動いたんじゃないかと思ってな。捨てなくてはならなくなった何かがあったとかさ」




 昔はあった。
 しかし、それてま多くの何かがあつまたから、破壊されて禁忌とされた。しかしそこでただ破壊しても、いずれそれを何とかしようと目論む者が現れかねないと考えた者は、破壊だけではなく暗号化し復元出来ないようにしたともいう。

 ―――完璧など、ありえない。

 今まで裏でのみ動き、表ではそれなりの地位を気づいてきたそれを、何故急に手放したのか。
 これでは全てを一気に敵に回し、追われることになる。何故このタイミングだったのか。何か理由があるはずだ。

 それが、欠点。
 いわば弱点なのだろう。

 ラッセルの言葉にはアゼル同意するものだが……。
 ラッセル・ファムランはつい最近までアガレス・リッヒィンデルが起こしたあの事件に関わったとされ投獄されていた人物である。当時は若かったが、今は中年のいいおじさんである。
 


「そういえば…憎くないのか」

「ん?ああ、アガレスか?―――今は別に何とも思ってない。当時はまあ、あれだったが」



 炎が弾ける音がした。ラッセルはその炎へ枝を投げ入れがら「アガレスが悪いわけじゃない」と言葉を続ける。



「本当を知っていても、どうにもならねぇもんだな、とか思ったものさ。時間は戻らないし。だが今は無罪放免だしな」



 だから別に、というラッセルにアゼルは口を閉じた。
 何だか聞いてはいけないことだったのかもしれない。だが、ラッセル自身気にしていない様子で笑い、あくびを漏らした。
 気にしていないわけではないだろう。聖都では常に勉強しているような男だから。

 時間。時間か。




「人形は劣化が激しい。生身の人へ魂を移して支配するのも完璧てはない。人形はともかく本人が関わるものなら……」




 人形の場合、劣化する。些細なことで壊れてしまうこともあるため、自分の魂を移そうとはしない。魂呼びをしたものを移すことはあるが……。
 肉体に対して、魂はひとつ。
 それを無理矢理ねじ曲げるように魂を入れれば、必ず拒絶反応がある。だから支配する場合はなるべく本来の魂を弱らせる。そうして支配してたとしても、拒絶反応は続くのだ。それに堪えきれなくなったら、どうするか。

 魂には器が必要だ。
 器から追い出されたら、それは―――。

 追い出される前に新しい器を見つけなくてはならなくなる。まさか、と呟けば「落ち着け」と。



「お前さん、幽鬼の目から見えるっての、知ってたか?」

「いや…」

「アガレスはその方法を知っていたなら、他にも同じように知っている奴はいるはずだ。アガレスが知っているとすると、繋がりのあるハイネンを知っている可能性はある―――幽鬼越しに見られる可能性をそのままにしておくのは妙だな」

「居場所を知られるかも、か。監視というのもあったんだろう。私らを狙っていたのは戦力を削るためでもあるだろうしな」



 執拗に幽鬼らはアゼルらに向かってくる。それには理由があるはずだ。
 シエナに関して何かどうしたのかわからないが、"本物"なら聖都にいる連中が黙っていないだろう。間違いなく動いているはずだ。
 また聖都に連絡をとるべきか。
 しかしアガレスがそれをよしとするか…。

 今は同じような目的があるから、情報を共有し行動を共にしているが、アガレスは犯罪者なのだ。闇に堕ちた枢機卿や神官らを殺害したという事実がある。
 これが片付いたら、アガレスはどうするつもりなのか。どうするにしろ、アゼルは神官である。逃がすことはできない。
 闇に手を染めた連中が何をしてきたのかを思うと、殺されて当然だというの気持ちもある。だが、そういうものではない。

 火の大きさを調節していると低く呻く声がした。アガレスが目を開き、虚ろな目を見ている中「大丈夫か」と声をかける。
 火の色が顔にうつり、明るく見えてはいるが、生気があまりない。

 少し回りを見たあと、状況を判断したらしく「…世話をかけたな」という声を聞いた。




「どうってことはないが…あんだけ血
は吐いて大丈夫か」




 ヴァンパイアに"血"は欠かせない。あれだけ血を吐いたなら、血に飢えてしまってもおかしくはない。




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