とある神官の話




 * * * 





 ―――何度かすれ違っていたと思う。


 失礼ではあるが…美人かといわれるとそうでもなく、優秀という感じでもない彼女のことをゼノンは知らなかった。神官は数多くいるし、そのなかで自分と関わる相手はたかが知れている。

 ゼノンは自分の外見が良い方だということは理解している。

 昔からそうだ。

 ゼノンはフォルネウス、つまり現教皇エドゥアール二世を養父としている。そんな事実を知っている者や、見た目から近づいてくる者が多かった。ゼノン・エルドレイスという"中身"のことなど後回して、あたかも知っているような口ぶりで近づいてくるそれらが不愉快であった。


 そう。

 彼女…シエナ・フィンデルを初めてちゃんと見たのは、宮殿の近くでのことだ。

 彼女は一部民間に解放してある広場にて、子供たちに何かをせがまれている様子だった。

 何をするのかと、ゼノンは興味がひかれてやや離れた場で様子を見ていた。

 すると彼女は、手のひらを子供たちへと出し、握ってみせる。そして再びその手を開くと、氷のような透き通った鳥が姿を見せた。美しい翼をはためかせると、淡い光の尾を引いて、子供たちのすぐ近くを飛んでいく。

 そんなことが出来るのは、能力持ちである証だ。
 水系だろうかと思ったが、それはすぐに間違いだとわかった。
 鳥が炎のようなものに変わったり、また全身を花で飾ったものなどにしたそれは―――能力持ちの中でも珍しいとされる"魔術師"であったのだ。


 ゼノン自身も魔術師の能力持ちであるが、珍しいなというのよりも―――彼女の笑顔が印象的だった。。

 自分の回りに集まってくる、欲のある者らとは違う、素な笑顔。あまり化粧っけのない、どこか田舎さ、素朴さを思わせるそれ。都会ともいえる聖都では珍しい。


 目を奪われた。
 

 何故か、目を離せなかった。彼女が去っていくのをみながら、彼女は誰だろうと思う自分に驚いた。誰だっていいじゃないか。いや、誰だろう。どうしてこんなに気になるのかわからなかった。

 そしてそれが一目惚れ、といえることを少したってから自分で納得した。
 


 見習い時代、色恋にあれこれしている同年代をどこか冷めた感じで見ていた。何がそんなにいいのか。好き?愛?それは神官になるべく学ぶものを疎かにしてまで何とかするものだろうか?などと思っていた。

 そんな自分が、まさかその色恋に振り回されるとは。

 自分でもよくわからなかった。
 "これ"は何なのか。
 うまく言えないが、猛烈に焦がれるような、何か。




「―――大丈夫かい?」



 そんな声に視線をあげると、ブエナが気遣わしげな顔をしていたのが目に入り「大丈夫ですよ」と返す。
 しかしブエナは多くの子供たちの親代わりだ。すぐに見破られてしまう。



「心配だろう?」

「すみません」

「何で謝るんだい。エルドレイスさんのせいでもなければ、誰のせいでもないよ。シエナを誘拐した連中が悪いんだから」



 それでも、悔いていた。
 自分があの時、リシュターをなんとかしていたら…と。
 過ぎてしまったことを今さらとやかくいっても、どうすることも出来ない。出来るのはそこからどうするか、だ。次に目を向けていかなくてはならない。わかっている。

 孤児院に来たとき、子供たちに「シエナお姉ちゃん元気?」や「ばててない?」などと言われたのを思い出す。時間ができると顔を出すようになったゼノンを覚えているからか、あれこれ聞いてきたり遊ぼうと誘ってくるようになった子供たち。

 その中には前にシエナの取り合い(だと思う)をしたカイムもいて、複雑だった。まさかはっきり言えるはずもない。
 だが子供というのはそういう何かを感じやすいのか、「体悪くしてんじゃないのか」などという子もいた。


 シエナを待っている人かいる―――。


 外でランジットと子供たちの遊ぶ声がする。それだけ聞いていると平和だった。


 シエナを助けに、というものの、本当にあの場所にいるのかわからない。いないという方が確率としては大きい。不確かで、手がかりも少ない。だが連絡をしてきたレオドーラ(正しくはもう一人の方)たちもまた、その地の名前をあげて行くといっていたのだ。

 何かが、あるはずだ。

 レオドーラが無事であることにはほっとした。だが、彼と共にいるもう一人の方が誰なのか。ハイネンもわからないという。

 不安要素はたくさんある。
 それでも可能性があるなら。

 "事情"を話すために孤児院にやってきてあた中、そろそろ失礼しようと立ち上がる。



「すみません。こんなことになって」

「だから謝るんじゃないよ―――いいかい。あの子も心配だけどね、エルドレイスさんに何かあっても悲しむんだからね?」

「―――ええ」

「気を付けるんだよ」

「はい」
 


 ブエナの言葉に、力強く頷いた。





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