とある神官の話


 頭痛がする。

 酷い頭痛に顔をしかめながら、「不愉快だな」ともらす。すると青白い顔をしたヤヒアが「本当にこのままいるわけ?」と不満でたまらないという様子でわめいていた。

 若いな、と思う。
 最初は一人で好き勝手にやっていたが、興味本意で近づきてきたのを利用している。別になんとも思わない。使えるものは使う。
 そしてただの興味本意で近づいてきた者らが、自滅していく姿はいくらでも見てきた。このヤヒアも同じようになるだろう。




「少々は落ち着いたらどうだ」



 リシュターは苛々しているヤヒアへそう声をかけたが、彼が苛々しようがどうでもよかった。ただの観察対象や駒くらいでしかない。
 憐れなものだ、と思う。わずかに抱く嫉妬。何故。それはやはりこの男がはじめから"能力持ち"であるからか―――。

 

「言われなくてもわかってるよ。向こうは今ごろ困っているだろうしね」



 言葉とは裏腹に、落ち着きなく髪の毛をかきあげる。



「でも、本当に来るのかな。あいつもしぶといし。もったいないなぁ、綺麗なのに」

「そういいながら何人も殺してきたくせに?」

「美しいから壊してしまいたくなるんだよ」



 ヤヒアは美しいものを好む。だから、美しく強いアガレス・リッヒィンデルの側にいたこともあるのを知っている。
 うっとりした声のまま「そういえば」と続けた。



「セラヴォルグ・フィンデルもいい男だったんだろう?いいなぁ、見てみたかったよ」



 ―――セラヴォルグ、か。
 己の"娘"のことで、食って掛かってきていたな、などと思い出す。


 あいつは、いつから知っていたのだろう。

 ―――私はそれでも負ける負けるつもりはありませんよ。
 そういわれて、動揺した。あの者は前々から知っていたのだ。その存在を。どこにでも生まれる闇でも、残虐なものがあることを。

 だから、死んだ。
 あっさり死んだくせに、遺したものは実に厄介で、多い。


 死してのなお、守っているのだ。

 顔を少しずらす。横たらせたままの女へ、目を向ける。
 女の多くの思い出を壊した。多くの者をその血の海に沈めてみせた。悲鳴と絶望。心が砕けるだろうそれを繰り返す。それでいい。


 自分はどれだけの人を殺してきただろう。そして死を迎えただろう。

 いつまでも満たされることのない何かは、いつか埋まることはあるのだろうか?


 女は平凡だった。美人ではないし、ずば抜けて頭がいいということもない。
 リシュターから見て、女は本当に平凡だった。
 それからそんな女のことを追いかけている男は、世間がいう美丈夫で高位神官だ。目をひく銀色の髪の毛や、整った顔立ち。女性たちの注目を集めていた男だ。相手には困らないだろうに、男は平凡な女を望んでいる。

 だから、ここへ向かうために動いているはずだ。救うために。




「で、好きに殺っていいんでしょ」

「ああ。ただ」

「わかってるよ―――」




 ヤヒアは炎を揺らめかせながら、獲物を待っている。その顔は残忍に歪んでいた。

 そしてリシュターままた、かつて優しき賢者などとも呼ばれていたことを忘れさせるような、全てを凍てつかせる笑みを浮かべていた。




   * * *




 ――――周囲は山や川があり、比較的近くに大きな街がある。が、大きな街を出てしまえばカルラス地方という長閑な田舎の雰囲気を持つようになる。
 小さな集落が点々とあったりするのだが、今はそれらに用事はない。

 ジャナヤの時もそうだったが、"その地"は人がいるところから離れているのだ。その地の一番近くに"転移術"で移動してきたが、そこから目的地までは歩きとなっている。


 今のゼノンの格好は、珍しいことに戦闘用の動きやすいものだった。普段着なれている神官服でも鍛練をしているのでそれでもよかったのだが、体中にあれこれ仕込むなら戦闘用の格好のほうが都合がよかったのである。
 本当に久しぶりなのでランジットに「なんか変だな」などといわれた。構うものか。
 ランジットは普段から戦闘用を着ることが多いから、彼の場合はゼノンと逆であろう。

 
 戦闘用なのはなにもゼノンだけではない。
 キースだって動きやすい戦闘用の衣に、あちこち仕込んでいるらしいし、ハイネンだってそうだ。「日差しが強くて呪い倒したくなるわねーもう」(何故オネエ口調?)などと口を開かねば間違いなく美男子であろう姿で前を歩いている。

 一方、第二のハイネンなどといわれるエリオンは普段とたいして変わらない格好である。が、それ使えるのか?というような剣はぶら下げていた。
 エリオンはどちらかというと戦闘には不向きである。護身用、といったところか。





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