とある神官の話
なんなんだよ、こいつは。
レオドーラは何回めかもうわからないほど思ったそれを飲み込む。
マノはというと、炎をかき消したヤヒアが怒りの目を向けていた。
「人形の分際で」
「自ら毒を喰らってまやかしの力を得ても、いずれ体は朽ちるというのに―――今さらになって恐ろしくなったか」
「……黙れ」
「人の死をなんとも思わず殺してきたお前が、いざ自分の番となるといてもたってもいられなくなっているなど」
「黙れっていってるんだよ!」
ヤヒアが青白い顔のまま突進。早い。刃なんかには炎を纏わせている。たがマノは避ける素振りを見せることはなく、ただ、待っていた。
そして――――止まった。
能力の炎がふっと消え失せた。レオドーラのうっかり止めていた呼吸も再開する。
ヤヒアは信じられない、とでも言いたげだった。己の胸には剣が深々と貫いている。「何、故」唇からもれるのは疑問。
レオドーラとてちゃんと見ていた。間違いなくヤヒアはマノへと向かってきた。それに…マノが貫いたのがわからなかった。貫く瞬間が見えなかったのだ。ヤヒア同様、どうやったのかわからない。
『罪人よ、ただ眠るがいい』
何かいったが、レオドーラにはなんといったかわからない。たぶん、どっかの言葉とかなんだろうが……。
マノはそのまま刃を抜くと、華麗な動きで首を刎ねた。みとれてしまうほど一瞬のけこである。首は地面へと転がり、胴体は鈍い音をたてて倒れた。
ヤヒアは指名手配されていた男だ。能力持ちであり、強い。だが、マノはそれをあっさり倒してしまった。
目の前でやられたそれを、理解してはいるが混乱してしまうような事実だった。
「闇に手を染めて、体が思う通りにいかなくなったからこその生への執着、死への恐怖、か」
マノの言葉は、まるで詩のようだった。レオドーラはあまり理解してはいないものの、なんとなく、で頭に入ってきている。
ヤヒアの顔色が悪かったことや、何だか短気であったこと。アガレスを探していたなら、わざわざレオドーラらの相手をしなくてもよかっただろう。
何か、ヤヒアを駆り立てる、焦らせる"何か"があったのかもしれない。
今となってはわからないが。
―――何かが崩れるような音がした。
慌ててマノの方を見ると、「それ…!」もともとひびが入っていた右手が見事に崩れてしまっている。
なんと言えばいいのか、わからない。
唇は動くが、言葉にならないレオドーラにマノは「そういう顔をするな」とどうとでもないというような声を出した。
「寿命が近いというだけだ。しかしまあ…何だかあれだ、無くなった感じはあるが痛みがないのが奇妙な感じだ。やはり人形だな。人とは違う」
冷静にいってる場合か。
マノは、再びこの世に引き戻された時、何を思ったのだろう。想像が出来ない。
もしレオドーラだったなら、まずは混乱するだろう。死んだのに、何故と。それから自分はなんのために引き戻されたのかと。
悪人も善人も、いる。
悪い人ばかりではないし、かといっていい人ばかりではない。それがこの世で、現実だ。そして残酷で容赦ないくせに、たまに暖かさを感じる。
ヤヒアの死はあっという間だった。
多くの人を殺した殺人鬼。その罪を償わせるべきだったのかもしれない。
だが、とレオドーラは少し思う。
罪を罪だと理解して、反省しなければ、捕らえられている間はただの日々の流れに従うだけなのではないかと。
「レオドーラ?」
悪人が多くいて、何故罪のない人が殺されたり、死ななければならないのか。
何故。
「お前がが死んだとき、お前のことを惜しんだ奴が沢山いるんだろうな」
「……いきなり何だ」
「見てりゃわかる――――違うか?」
死んでほしくないって思うやつばかりが、死んでしまう。あの、冷たい石の下にいる。
たまに思いだす。
シエナがバルニエルへやっときて、生活をするようになってから、今にいたるまでのことを。
時間がたつにつれて、シエナは笑うようになった。だが、たまに泣きそうな顔をしていたのをレオドーラは知っているし、みている。その度に、胸が苦しくなる。
レオドーラも親がいないという寂しさがあった。苦しさがあった。孤独な気がした。一人ぼっちで、なにかを掴みたいのに掴めなくて。
わかっている。
レオドーラは自分の過去よりも、シエナの過去のほうが酷いことを。
「そのときは私は死んでいるから、わからんな」
「嘘つけ」
レオドーラがきっぱり返すと、マノは困ったように笑った。