とある神官の話
理由がない、など。
あるはずだ。なければ、多くが死ぬことはなかった。彼女が傷つくこともなかった。
リシュターは前にも同じようなことをいっていたのを思い出す。
ゼノンが術をかけられることとなったあの時も、リシュターは妙なことをいっていた。"始まりの私が生まれたのは誰も覚えていない""私自身も"と。
覚えていない、とはどういうことなのか。いや、意味がないというのは、枢機卿長を指すのか。
「貴方は…もう…堕ちてしまったのか」
アンゼルム・リシュターは、優しき賢者などとも呼ばれていた。まさかそんな人物が、と誰もが思う。
キースだってそうだ。いや、皆がそうであった。
リシュターはせせら笑うように否定し、「私は最初から、闇に生きる者だった」と。
人々を救いながらも、裏では多くの血を流させた人物は、もはや化け物といっていい。
キースが諦めの息を吐いた。
「あれは―――私のものだ。私のために」
「彼女は、彼女だけのもの、ですよ」
ハイネンが跳躍。
人間よりも身体能力が高いヴァンパイアは一気に人形との距離を詰める。
いきなり動いたためにゼノンらの反応が遅れたが、一番早かったのは構えて緊張状態を保っていたランジットだった。階段を飛ばし気味でのぼる。
しかしハイネンの方が早い。
ハイネンの刃が人形を斬り倒した。倒れた人形からはもうなにも感じない。どうやら、解放したらしい。ランジットの舌打ちが響く。
リシュターはどこにいるのか。
ハイネンが転がった人形を見ていたが、やがて「なっ!」轟音がした。それから甲高い悲鳴。
ハイネンがそのまま二階の廊下へ向かっていく。ランジットらもそれに従う。
二階廊下から、ハイネンは部屋へと入る。割れた窓からは外が見えた。それだけじゃない。煙や炎も見えたのと、建物。
その建物こそ、ゼノンが当時の地図からにして"あの場所"であろう。
燃えている、にしてはおかしい。
「あれは―――能力持ちの炎ですね」
エリオンが目を細めた。
能力持ちの炎といったら、ヤヒアか?だが…。
その時だった。
後ろからと、横からの気配に動いたのはランジットとキースだった。「下っ端か?」人形ではない、生身のヒトだ。眼光鋭く邪魔しようとしてくる。
「相手してたらきりがない。出ますよ!ゼノン!」
「出るってまさか」
「そのまさかです!」
先に窓から出たのはエリオンだった。「ぎょわ!」とハイネンに背中を押されて問答無用だった。
続けてハイネンとキース、それからゼノンに敵を斬り倒したランジットが着地。もちろん、二階くらいならば降りてもなんとかなるが、ハイネンの言葉に察したゼノンが衝撃を和らげる術を展開させていた。なのでハイネンが地面に激突、とはならなかった。
それからゼノンはランジットが降りてきてから窓を塞いでおくのと、キースが祈りをこめられた小瓶を投げた。闇堕者には効果がある。
ハイネンを先頭に、手入れのされていない場所を走っていく。蔓に足をとられぬよう気を付ける。
ゼノンとキースの間には距離があった。とはいえ離れすぎてはいない。が「おいおいまじかよっ」後ろから巨大な姿を見た。ランジットが回避。ゼノンもまたランジットとは逆の方向へと逃げる。
それは大きな街でなんかはあまり見かけることはないだろうが、自然の多い場所ならば見かけることもある生き物。だが、普通の大きさよりも倍以上あるだろう。
それは、蛇である。
もっとも普通の蛇ではない。魔物化した蛇だ。人など軽々と飲み込むだろう。
しかも頭が二つ、双頭蛇だった。
「ゼノン!」
「あとで合流しよう!」
キースらはうなずき、先へと進む。
これだけ大きいと追いかけられたら厄介だ。なら、倒してしまったほうがいい。
ランジットは双頭蛇の片方の攻撃を避けて、切りつける。続けてしなる尾がランジットを襲うが、もちろん避ける。
もう片方はゼノンへと舌を伸ばす。回避。切り落としてやる。
さてどうするか。
ランジットは肉体派である。ランジットが引き付けている間、ゼノンは考える。早くけりをつけよう。
「ランジット!」
声にすぐさま反応したランジットは後退。すぐにゼノンは双頭蛇に向かって、手を振り上げ、下ろす!
放たれたのは稲妻。いくつか曲がりながら分かれ、全てが双頭蛇に絡み付き、感電させる。焦げるような匂いを閉じ込めるように、今度は氷に閉じ込めた。そして―――粉々に砕けた。