とある神官の話
この季節に外套を纏うというのだけでも不自然だ。しかも右手、やや手首を過ぎたあたりまですっぽりと失われていた。残るところには外套を裂いたそれを使って巻き付けてあるが、血は滲んでいない。
普通、腕を失うほどの何かがあって応急措置をしたとはいえ、血は滲む。痛がる素振りもない。
マノとやらは、ずいぶん整っている顔をしていた。
少し前に見た、美しい人形らのように。
能力持ちでもしかしたら、ということもあったが、ゼノンは口に出してみた。
「正解」
「どういうことです。一体貴方は」
「あー、んな熱くなるなよ。余計むさ苦しくなるじゃねーか」
「なら説明しなさい女顔」
「なっ、てめーに言われたくねーわ色男!」
ランジットが「はいはい、そこまで」と割り込んできたので、休戦。いや、落ち着く。レオドーラもまた疲れた顔をしていた。
さらりとマノが人形であることを認めたことにより、ゼノンはまずは自分を落ち着かせた。
死者の魂を喚び、それを"器"に入れる―――禁術の一つだ。
ランジットが前に、シエナとともにあの放浪癖のあるミイラ男(ハイネン)を探しにいったときに遭遇したことがあるのをゼノンは聞いている。
ゼノンだって、人形には良い思い出などない。
「……レオドーラ、まずは話を聞かせて下さい」
レオドーラは疲れたのか地面に腰を下ろすと、まずはバルニエルからのことを話す。バルニエルでの幽鬼のことなどを。それから最近のことを。
マノが何者なのか。
マノ、と呼んでくれればいい。呼んでくれれば。呼び名、ということか。人形を器としている魂だから、死者ということで、偽名か、生前の呼び名だろうか。マノ。呼び名にしろ偽名にしろ、ハイネンならわかるかもしれないが…あいにく今は離れてしまった。
人形を器としているから、「見た目は生前と関係ないんでしょうね」といえば「ああ」となぜか愉快そうに頷くのが気にさわる。
愉快なことなどないのに。
ハイネンなら、とゼノンは思った。が、もしかするとマノがあれこれ偽りを述べていたなら、ハイネンにあっても誰かわからないのではないか。
そこで、だ。
彼はハイネンと電話で話している。それにゼノンとも。あのとき、マノはハイネンのことを知っているようであった。それから、ハイネンは電話で驚いているような感じであった。何故、と。
もし、だ。
もし、マノがハイネンの知る人物―――友人であるなら。
ハイネンは、亡き友と再会することになる。
そのときは……。
マノと目があった。
考えが見透かされるような心地に、そらす。
「見ての通り、私にはあまり時間がない。器の限界があるからな」
「……」
「そんな顔をするなレオドーラ―――昔の知り合いがどうであれ、私は死者だ。時が来ればあるべき場所へと戻る。生者の邪魔にはならないだろう?」
「貴方は、それでいいのですか」
死者とはいえ、もちろん生きていたはずだ。
どういうことがあって死んだのかわからやいが、後悔や会いたい人などあるだろう。
今のところ、やろうと思えば何だって出来る。だがマノは、わざわざ危険な方を選ぶ。
迷いもなく「もちろん」とはっきり答えた。
「ああでも、シエナ・フィンデルを助けるまでは戻れないな」
「なあ、あんたはシエナとどういう関係なんだよ―――召喚されたなら、その主に少しは縛られるだろう。お前を見てると縛りがないように感じるんだが」
「縛れなかったのだろう。私が目覚めましたときには、もう彼は死んでしまっていたから。彼も昔は良い神官だったんだが」
「神官…?」
神官が禁術を?
マノは「別にいう必要がないと思っていたのだが」といい、続けた。
「ハラド・ヒーセル。今は枢機卿、だったかな」
「ハラド・ヒーセルって」
ランジットが絶句している。レオドーラもまた「はあ!?」と大きな声を出した。
ゼノンは声こそ出さなかったが驚いていた。
"あの"ヒーセル枢機卿だと?
ヒーセル枢機卿らしき死体があがったというのは記憶に新しい。そして死体があった部屋には術式が刻まれていたということも聞いている。
術式がなんのものかは確かめる前に部屋が崩れたのでわからない。わからないが、あれがもし……。