とある神官の話
その女は、多くの実験によって弱っていた。
もともと体は丈夫ではなかったが、このままいくと死ぬだろうことは簡単に予想がついていた。
なら、どうするか。
死ぬまでなんとか使えばいい。
『あの人には、手を出さないで』
女はそういって、"あの人"に本当のことを伝えずに過ごした。伝えられなかった、といってもいい。取引ともいえた。いいだろう。手を出さない。しかしお前はどうなるかわからないがといったそれに、女は頷いた。
しばらくは、手を出さなかった。いや、出す必要がなかった。
女は悲鳴をあげる。苦しみ、傷ついて血を流した。
能力持ちの能力を受け付けないという、"能力"。この女以外にそのような力を持つ者を知らなかった。知らなかったからこそ、記録が欲しかった。研究した。
貴重な存在であったが、体が弱いから長くはもたない。それを頭に入れてのことであったため、ほとんど記録をとるくらいしか使い道がなかった。
女は弱りながらでも、ただ一人の男の無事を願っていた。その男は、全く気が付かなかった。気がつくはずがなかったが、知っている側からすれば実に滑稽であった。
知らない男はただただ、女を何とか長く生かすため動いていた。女の命が男よりも短いことは知っていたのだ。
死ぬのに、男は女のために動いた。夢を語り、女もまたつかの間の幸せを味わい、その裏で苦しんでいた。
女は、死に近づいていく。
もちろん、女の心情などどうでもよかった。それよりも、女の持つ力に興味があった。あれを何とかしなくてはと思った。あれが使えたなら便利だろう。みすみす失うことになるのか?いや、何とかしなくては。何とかしたい――――。
だが、女はそんなリシュターを嘲笑うかのように、最後の力で実験をはねつけ、死んだ。
貴重な力とともに。
女はリシュターに何といったか。
『可哀想なひと』
―――――――……。
気配を感じとることが出来ていたそれが、ふっと消えた。
ここ最近ヒステリックに物事を言ったり動いたりしていた男の気配だった。
ヤヒアがやられた?
間抜けめ。リシュターは眉をひそめたまま「使えぬ」ともらす。
人数を削るくらいは出来るだろうとは思っていたが…どうなのか。あっさり死んだのではあるいな。
誰にやられたのか。
ヤヒアを倒せるだけの力なら、やはりヨウカハイネン・シュトルハウゼンらか。
いや。
そんなことはいい。やつらのことだから、何か掴んだからやってきているのだろう。
リシュターはすぐ近くにいる女のほうへ顔を向ける。女はただただ力なく横たわっているだけ。自力で何とかしようなどとは考えられないはずだ。手を伸ばしてみても、前のように弾かれることはなくなっていた。
さて、この先はどうしようか。
どこへいこうか。
唇が歪んだ。それは笑みというには、残酷さがにじんでいるだろう。前にヤヒアにいわれたことがあったのを思い出す。
楽しくて笑っているのか?
否。あるのはただの欲。
胸の中にある、永遠に埋まらぬ深い穴。
リシュターは女の顔をみた。美人でもない傷だらけの女を、何故あの男は……。
淡い光。
術式をあたりに広げる。丁度、女を巻き込むようにしてそれは不気味に躍動する。
やがてそれは、ゆっくりと沈んでいく―――――。