とある神官の話




「大丈夫か?」

「な、何とか……というか、凶暴」

「なんか言ったか?」

「何でもありません」




 ぎろりとアゼルが睨むと、エリオンは明後日の方向を見た。向かってくる人形と自分の間に壁を作って弾き飛ばす。
 キースが「あれは研究者肌らしいからな」と。
 しかし、彼の守護の力は役に立っている。怪我をして動けなくなるとまずいから、なおさらだ。




「数は減ってきているな」

「このままならいいのだがな…いくぞ」




 炎は生き物のように動き回り、ナイフが投擲され、守りの壁が出来る。




 ―――――――……。




 アゼルにどやされて、ハイネンはアガレスを追いかけていた。すでに外に出ている。

 アガレスは何処にいったのか。

 そう近くにはいっていないはずだと、ほぼ勘で進む。




「アガレス」




 背中を見つけて声をかけるが、返事はない。
 そこは温室らしい。とはいえ建物は温室としての設備は欠けて、ガラスはあちこち割れてしまっている。草木ものび放題だ。
 しかし、のび放題といっても野草ではない、明らかに植えられたであろう花も見ることが出来る。

 そんな建物に、人の姿があった。
 
 廃墟といえるこの場所は、あちこち瓦礫なんかがある。そんな中でたたずむのは、異質だ。

 かつて温室がこんな無惨な姿になる前に育てられていたらしい薔薇の前に、神官服の姿があった。
 まだ咲くのは、というそれに手を触れると、一気に成長し、膨らんだ蕾はやがて柔らかな花弁を見せる。


 普通では、ありえない。


 まるで物語の場面のようだったが、先程のような明らかに嫌な空気はない。
 しかし、今アガレスの足を止めているのは、その人物のせいだった。もちろん、ハイネンも動けない。


 そこで起きているのは、奇跡なんかではない。
 むしろ―――最悪、といえる。


 ハイネンは温室のなかにいる人物の名前を呼ぶことが出来ない。怖い、と思った。あれは、本人なのか?わからない。見た目は本人だ。間違いない。だが……異様だった。異様すぎた。

 あれは。
 あれは一体、誰なのか。

 まるで時が止まってしまったようだった。




「―――素晴らしい」




 沈黙を破るように発せられたのは、女の声。
 言葉のとおり素晴らしいという気持ちの込められている。しかし、ハイネンらにとってはそれがどんなことかを理解はしている。

 予想はしていた。
 ここにくるまでに、いくらでも。

 もちろん、それはハイネンだけではない。ここに来た皆がそうだろう。一番理解しているのは、あのゼノン・エルドレイスであろう。わかっている。

 
 予想とは?
 "万が一"が起きていたら。


 予想はいくらでもした。その度に、何が一番いいかを考え、手を用意したつもりだ。だが、出来るのか?ハイネンはやらなくてはならない。それは、ハイネンでなくてもいい。誰かがやる必要がある。
 しかし――――やれるか?
 あの子を。

 ああ。
 ハイネンは友人の名前を口に出したくなった。



 そこにいるのは。
 ハイネンやアガレスの友人の、"娘"。



 間違いなく、そうだ。
 だが、それはあくまでも姿だけ。何故そんなことが言えるのか。……言えるのだ。ハイネンは自身の問いにそう返した。

 だからこそ、アガレスは殺気を出したまま動かない。
 下手に動けないのだ。
 何があるかわからないから。
 どうすればいいか、方向を探しているから。
 長く生きているだけの経験はある。だから、ハイネンは過去をひっくり返すように思いだしていた。うまく組みあわせれば、と。



 向こうは全て理解しているからこそ、こちらを見ていない。気づいてはいるが、薔薇に手を触れたままでいる。

 やがて娘――――シエナ・フィンデルは「長い間」と唇をふるわせた。




< 746 / 796 >

この作品をシェア

pagetop