とある神官の話
「そうしてたら、いつのまにか彼女がそう言いましてね。神出鬼没すぎると」
「一歩間違えば犯罪だよな」
「殴られたいですかランジット」
彼女のことが知りたくて、それを自分のことも知ってほしくて。あれこれやっていたが冷静に考えると本当に、と思う。振り替えるとゼノン自身の行動にいささか問題があったかもしれない。
ただ「嬉しかったんですよ」そう、嬉しかったのだ。
お前マゾか、といってきたレオドーラに氷のつぶてを投げておく。
「エリートだとか、父親がどうとか、そういうまわりばかりに寄ってきて、うわべだけの付き合いだなんて腐るほどあります。彼女も最初は私を"高位神官の有名人"ということ一線引いていましたが…だんだんそんなこと関係なく、ただのゼノン・エルドレイスとして話すようになったのが嬉しかったんですよ」
ゼノンの父親はエドゥアール二世である。現教皇を父にもつというそれにあわよくば、という者。物珍しさなどでよってくるもの…いくらでもいた。
高位神官という身分のゼノンと、ただの神官。
となるとやはり、位が上であるゼノンにシエナが気を使うのは仕方なかった。
だから、そう。
気長に待つしかなかった。話しかけて、話して。
「お前がそんなになってから、お前のファンが喧しかったもんな。シエナも連中に睨まれたりさ」
「その点はシエナさんに申し訳ないですけど…。好きなんですから、仕方ないじゃないですか」
「うわー、ここでそれかよ」
すんなりといったそれに、ランジットがわずかに頬をそめて「こっちが恥ずかしくなる」という。レオドーラにいたっては無言だ。恐らく睨んでいることだろう。
ゼノンと同じだからだ。
だがそうだとしても、ゼノンは譲るつもりはない。負けるつもりも。
マノは黙って聞いていたが、「押して駄目なら押しまくれ、だったか」と笑い「確かにフォルネウスならいいそうだ」というから、ゼノンだけではなく皆が驚いた。
「壁が出来たらぶち壊せと平然という男だからな。あり得るが」
――――知っているのか。
ゼノンは聞いた。マノはた「まあな」としかいわなかった。それは笑みではあったが、寂しさを含んだものであったことに気づいた。何故、どうしてと食らいつくようにして聞きたかったのを、そのまま発することなく読み込んだ。
彼は死者だ。
ハイネンらのことを知るなら、彼が生きていた時のことを想像した。ハイネンに、父に。
それら知り合いを置いて、彼は死んだ。
話し方などを見ていると、マノ自身から、ハイネンらに対して親しみがある。それはやはり知り合いだからか?
だとして、その笑みは。
言葉を失ったゼノンは、マノへとついていく。
なんだろう。
ゼノン自身、いろんな人と会ってきた。年齢問わす、だ。それからもちろん、神官から、高位神官となるまでに様々な経験を積んできた。魔物だって、人だって、そう簡単にはやられない自信もある。
だが、マノを見ていると、その口から出てくる言葉や行動に驚いてばかりだ。
そして――――未熟。
なんだか、敵わない。そう思ってしまうのだ。もし敵になってしまったら時のことを考えると……いや、やめておこう。
歩いていると、やがて「あれは」と建物に気づく。それなりの大きさがあるようだが、とガラスばりのそれに、温室だろうかと思う。あの大きさならずいぶん立派な温室だ。
とはいえ、ガラスが割れて温室の機能は果たせていない。
温室へと進む前に、「レオドーラ?」前へと出たレオドーラへマノが声をかけた。
「それ以上ひび入ると困るだろ。先に何があるかわかんねーけど、楯くらいにはなるからよ」
「私は」
「何だよ、文句あんのか」
「相変わらず、優しいなお前は」
「うるせーよ。ほら、行くぞ」
すでにひびが入っている器は、この先の時間がない。だからこそレオドーラは先頭を歩いたのだ。
そのすぐ近くにゼノンが進み、後ろにマノやランジットが続く。
温室は植物が枯れたり、あるいは手入れされることなく奔放に伸びていたりしていた。足元にはガラスの割れる音が響く。
入る前から、何となく嫌な雰囲気があった。ここだけではないが、注意する。ハイネンらはどこにいったのか。
そんなとき、見つけた。
「シエナさん…?」
彼女はそこにいた。朽ちかけた温室の中で神官服をまとい、ゼノンが記憶しているのと変わらない姿でそこにいた。近くに咲く薔薇を見ている横顔までも、ゼノンはしっかりと見た。
無事だったのか。
―――などとはいえなかった。
その奥の、木や植物に体を拘束された人物らが目に入ったからだ。彼らのまわりには帯状の術が発動し、淡い光を発している。
シエナとの再会を喜ぶよりも、異様な光景に唇を閉ざした。