とある神官の話
* * *
刺すような日差しと、温度によって空気は蒸されているように感じることだろう。
――――普通ならば。
草熱れの中、ああおかしなものだと思う。
"生きていた頃"、この暑さがあまり好きではなかった。恨めしくも思ったことがある。汗は出るし、日焼けはする。喉がかわく。下手したら熱中症で倒れもする。
だが、今はどうだ。
「……まさかこんなことになるとは」
目が覚めてから、しばらく混乱した。今は、いつなのか。どうなったのか。全て知る必要があった。それから、悩んだ。そうして出した結果、隠す、のが一番いいだろうということになった。
器は人形だ。暑さだろうが寒さだろうが、あまり関係ない。だが、"器"が壊れてしまってはどうしようもない。自分の器に気を使う。
どうせ自分は死んだ身である。
器が使い物にならなくなるまでの間のことだ。何をやろうと、何を知られても、文句は言われまい。言えるようになったときは、たぶん、自分はいない。
二度目の、死。
一度目、などというのもまあ、おかしな言い方だ。死は一回限りだからこそ、なのに。
とはいえ、魂呼びなどがあるではないか、ということになるのだが――――。
怖いか、といわれたら、否だ。
むしろ、ラッキーだと思っている。知る者が聞いたら「馬鹿かお前は!」などとどやされるだろう。自分が死んだ後のことを知れたのだから、ラッキーだと思う。もちろん、寂しさもあるのだが。
―――歩きながら、夜になる前には何とかしなくてはと思った。
夜は魔物や、闇堕者らが活発化する。その前にけりをつける。
一人、"敵"と味方から離れた私に襲いかかってくる魔物を倒しながら、すこし道を戻っていた。
私が発した言葉に対してランジットらが実行してくれるかどうかは、なんとも言えない。レオドーラはともかく、ゼノンはまだ疑いを持っている。信じることは悪いことではない。だが、完全に私を信用するというのは、少し
安易だ。だからこそ、彼は疑いを持ったままでいた――――優秀な高位神官なだけある。
実行するか否かは、ゼノンらが決めるだろうが実行しなくても問題ない。死なずに生きていてくれるなら、それでいいのだ。
もう、誰かが死ぬのはごめんである。
ただ、あいつは……。
考えの要はあのゼノンだ。彼が"どうしたらいいのか"を考えているのはわかっている。レオドーラはああいったことは不向きそうだし、ランジットもまたレオドーラと同じようなものだろう。皆が必死だ。それだけ、シエナを助けようとする者がいる……。
笑みがこぼれた。
大きな建物のところまで来ると、不快さが押し寄せてくる。
一見、邸の廃墟でしかない。"表上"は、だが。
ここがまだ廃墟ではない当時、まだ近くには人が住んでいた。この建物も金持ちの別荘云々言われていたらしい。まあ、現在は周辺に村の人はいない。犠牲者となった、という方がいいだろう。
物音とともに、突出してきた人形をそのまま倒す。そのまま建物内部へと侵入。あちこちから不愉快な"何か"で埋められているかのようだ。
襲ってくる敵が少ないのは、と建物から外に目を向ける。ゼノンらの他にも人がいるらしいし、ハイネンのことだから聖都にもなにかしら動きがあるはずだ。
「ゼノン・エルドレイス、か」
思わず口に出してみた名前。ゼノン。ゼノン、か。
フォルネウスの教育を受けて育ったらしいのが垣間見えて、懐かしくなった。
シエナを助けるべく動いている、レオドーラのライバル。レオドーラもいい男だと思う。どちらにせよ、シエナが選ぶだろうからなにもういわないが、そうか、と呟く。
「もう、そういう歳なのか……」
寂しさを含んだ笑みが浮かぶ。
この地は、嫌いだ。あいつも、聖都にいる腐れじじいどもも、嫌いだった。魔物の被害や、闇堕者についての現場を知りもしないで口ばかりの連中。
嫌なことはいくらでもある。
いくらでも思い出せる。
だが、大切な人らのことが、痛みとともに思い出されていた。笑っていたあの日々。
過去。
そしてあの日々の続きは、私にはない。永遠に失われてしまった。誰のせいでもない。それでいい。
笑いあっていた日々は、確かに存在して、私に残っている。
―――――忘れるはずがない。
背後に迫った刃を、避ける。避けられると思っていなかったらしい生身の人間は、そのまままた刃を向けるが、そのまま首を刎ねる。あいつは他の闇堕者も駒としているらしいが、と溜め息。
確かに、力はある。
長く研究していた成果、なのだろう。
だがそんな力を"維持"するためにも、力が必要になる。それに、あいつは限界が近いのかもしれない。焦っているように見えた。