とある神官の話



 今度は、建物自体を破壊したほうがいいだろう。おそらく、ハイネンあたりがやってくれるはずだ。


 建物内部から、地下を目指す。邸ならば地下くらいあってもおかしくはないが、ここでの地下は普通のものじゃない。なにより、綺麗だ。あちこち維持のための術がかかっている。これだけのことをするから、本来の力が出ないのか。
 

 ―――大好きよ。

 大切な人は、多くいた。大切で、笑っていてほしい人が。
 甘い過去は、痛む。自分のことを理解さする。もちろん、自分は死んだ身だとわかっている。いずれあるべき場所へと戻ることも。


 建物の周辺は不自然に成長した木々がある。当時のアーレンス・ロッシュらの仕業であろう。それから似たような現象が少し離れたところで起こっているから、もしかすると……。
 アーレンス・ロッシュにも、感謝している。彼がいなかったら、また色々と変わっていただろう。もう会うことはないが、そう強く思っている。


 邪魔な術などを無効化しながら、地下へと出る。地下は普通の邸にあるような倉庫状態のようだが、目的はここではない。

 軽く目を閉じる。

 そして、一歩踏み出すと赤黒い術陣が浮かび上がった。禍々しい力。引きずり込もうとする闇。それは部屋中に広がっていた。
 やがて術陣から手のようなか形をした影が揺らめく。亡者。求める手。

 異様な光景だったが、これはまだどうってことない。もっと悲惨な地獄を知っている。この程度に呑まれるような私ではない。ただ、私はともかく、私を支えている器はどうかわからない。だから、と言葉を唱えた。神官らが使うものだが、今ではあまり出番のない古いものである。
 古いからといって、力がないというわけはない。

 仕上げに剣を床に突き刺す!

 そこから亀裂が走っていき、やがて円形に崩れ落ちた。それに逆らわず一緒に落ちる。同じく、また床があったが崩れていく。瓦礫や粉塵らが舞い上がり、視界を不鮮明にはするが、苦にはならない。着地して、鈍く光った刃の歓迎にやはりか、と呟いた。
 刃を弾き返すと、向こうは一旦下がる。だが侵入者を倒せという命に忠実であるのはわかっている。侵入者である私の様子をうかがっているようだった。

 薄暗い。

 だがしっかりとした内部は、地下室というよりも部屋、といったほうがしっくりくるだろう。手も加えられている。長椅子に、棚。ベッド。家具はそのくらいで、神官なら気分が悪くなるような禁術に、守りの術など複数が展開していた。




「―――アルエが見たら、かなり怒るだろうな。こんなの私じゃないわよ、とかいって」




 刃を向けてきた犯人が、そこにいた。
 黒髪の、女だった。
 そして、その女はアガレス・リッヒィンデルに愛され、また愛した。

 じれったい二人を、私は知っている。種族が違うからなんだというようなことを言った覚えがある。からかったら男のほうが怒ったのを覚えている。多くの、宝のような日々。あの中で、儚くも笑ってた―――アルエ。

 アルエの姿をした人形は、刃をふるう。捕らえようと、いや、殺そうとしてくる。


 (貴方は、私を知っているでしょう)

 そんな声が聞こえたような気がした。幻。幻想。なんだっていい。だが、アルエならいうだろう。
 躊躇いを捨てて、私は人形を斬り倒した。鈍い音をたてて転がる。いくつかの人形を倒し、邪魔な術陣は無効化してやる。




「光あるところに闇がある。いくら取り締まっても意味がない、そうお前らはいう。だが、それはお前らが光を退けようとせる行動とて、当てはまるだろう――――その通りさ。いつまでも鼬ごっこで、平和は遠い物語のようにしか見えない。それが、今だ」



 私という存在は、予想外であろう。私とて、予想外だった。まさか、再び会えるなどとは思っていないかった。決着をつけることができる、ということも。



「何度も体を乗り換えるうちに、"自分"がわからなくなったか。それでいて、いつまでもその自分とやらに縛られる―――憐れなものだ」



 あの子の顔が浮かんだ。私を呼ぶあの子。体を支配されたままだったが、見ることが出来た。成長したあの子。抱き締めたいが、無理な話だ。それでいい。見ることが出来て、あの子が幸せなら、それで。


 シエナ。


 私は、私が出来ることをしよう。
 
 振りかざした刃は、ベッドごと横たわるそれを貫いた。





   * * *







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