とある神官の話




 ―――さて、どうする。


 時間を稼ぐための言葉に、まさか食いついてくるとは思っていなかった。
 安い挑発ともいえるそれに乗るというのは安易ではないだろうか。ゼノンが思っても向こうが思っていないのかもしれないが。

 今まで優位に動いていたのは向こうであるが、何だか余裕がないように感じる。


 それから、いつまで時間を稼げばいいのかわからない。そもそも、マノが何をするつもりなのかもさっぱりだ。
 我ながら、あきれた。
 ここまできたら、どうにでもなれ、である。

 何もなかったら、ここで殺られてしまうかもしれない。シエナだって…。




「私もずっと考えていました。彼女に封じられている術式は一体何なのかと。父親は手がかりを残していない。当たり前でしょうね。貴方のような人らが狙っているのですから、手がかりなど残すはずがない」




 襲いかかる刃は、レオドーラらやランジットに向かう。縦横無尽や刃は手強い相手である。守りの術があるとはいえ、効果が薄まってきているのがわかった。
 だがそんな中で、ゼノンの言葉が引っ掛かるのか、ゼノンへの攻撃はやや手薄い。なにか知っていると思っていてのそれなら、ゼノンはまだ殺されないのではないか―――もてあそばれる間は、時間が稼げる。
 

 人形。
 影。
 刃。
 それから、彼女の能力。

 能力が一番厄介なはずだが、向こうは今のところ大きく使ってこない。それがゼノンにとって少し引っ掛かる。何かのためにとっておいているのか、あるいは使えないのか。もしかすると、それが"余裕のなさ"なのかもしれない。

 "シエナ"の顔が歪む。





「しかし、狙われているならいっそのこと破壊してしまえばよかった。貴方のように、セラヴォルグ自身が取り出す方法を知らなければ仕方ありませんが」

「……」

「そういうなら、最初のアレクシス・ラーヴィアにも言えます。彼は何故破壊してしまわなかったのか――――使いようによっては、というようなことがあったのでしょう」

「貴様、何を知っている」

「言うと思いますか?」




 ゼノンは知っていることから上手くいっているだけ。だがそれは、何かを知っているのではないかという疑いを招く。

 ゼノンの言葉に苛立ちを隠せない"彼女"は、再び影を出す。新たに浮遊する刃。近くに回避していたレオドーラの「お前、なんか悪役みたいだぜ」と軽口に、私は笑って見せる。

 悪役。
 上等じゃないか。


 また気を引き締めろ、という前だった。彼女の後ろに姿を見ることが出来る二人に異変があったのは。

 ハイネンとアガレスを拘束していた術が急に爆ぜるようにして消えたのである。
 拘束していた術が消えたことにより、ハイネンもアガレスも自由に動けるようになるが……反動なのかすぐには動けないらしい。

 そこにすかさず、黒。
 ランジットが駆け抜けて庇うように構えた。黒い刃をすかさず破壊する。


 いきなりすぎるそれに、何があったのかわからない。




「っ…何故解けた?」




 戸惑うのはゼノンやレオドーラだけではない。むしろ彼女――――リシュターのほうだ。シエナ・フィンデルの姿のまま焦った声をあげたが、すぐに判断。ハイネンらへと刃と拘束のための鎖が飛ぶ。
 だがその頃には、ヴァンパイアの二人は動けるようになっていた。それぞれ回避し、アガレスが牽制のためか氷の刃を放つ。が、彼女は守りの術をかけている。弾かれた。氷は粉々に砕けて消えていく。


 顔には依然として疑問が浮かんでいた。もしかすると「マノ、か?」レオドーラのそれは、ゼノンも思っていたことである。あとは、別に動いているはずのロッシュ兄弟か、キースらか。
 どちらにせよ、ハイネンらが動けるようになったのは大きい。

 あとはキースらが合流してくれればいいのだが。
 彼らは今のところどうなっているのかわからない。



 "シエナ"は不愉快そうに指を鳴らす。
 水が出現。水は意識を持ったようにハイネンの足をとり、そのまま放り出した。間髪いれずに杭も放ち、縫い止める。それにアガレスが術を発動しようとしてらしいが、中断。彼もまた吹き飛ばされ、怒号。中断された光の残像が見えた。





「邪魔だ」



 大きく腕をふる。
 助けようと動くが、今度は「うお!?」水はレオドーラらへと襲いかかる。




「まじかよ!」

「水攻めってか、くそっ」 




 レオドーラとランジットは逃げる――――が、逃げられるはずがない。追いかけた水は二人を飲み込むと、そのまま閉じ込めてしまう。それはまるで、檻。二人は水の檻に閉じ込められたのだ。

 水の檻には、砂時計のように水が溜まっていく。

 いくら二人でも、こうなってはどうしようもない。ゼノンは二人を助けようとして――――――。



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