とある神官の話




「ただで帰れるとでも?」

「っ散れ!」




 鋭い声はアガレスのものだった。言葉の通りそれぞれ散っていくが。それを追うのは「またダンスかよっ」黒い刃。それだけではない。悲鳴。この世を呪うようなそれは、幽鬼。命を刈り取ろうとする。

 ゼノンは刃を一線。黒い刃は砕ける。
 それから「おっと」人形がここで出現。厄介だなとランジットが舌打ち。確かに厄介だな、と思う。入り乱れ状態だ。

 そのとき、長身が動きを止めた。腰を折って―――――血を吐いた。咳き込むようにして吐く姿の近くに、影。黒い手が伸びてきたのを本人が引き払う。血に染まった口許を強引に拭うと「私はまだ死なぬ」も呟いた。

 ゼノンは回避、攻撃を繰り返しながら、どうやって拘束しようか考えていた。

 近づかなくては意味がない。
 ならば。


 ゼノンは守りの術をかけ直して、捨て身状態で地面を蹴った。接近しようとするが、途中で外野が入り込む。邪魔だ、と舌打ちしたくなる。彼女は笑っていた。壊れたような笑みだった。

 躍り狂う刃の次には、幽鬼。それから人形。てんこもり状態ではあるが、それらを動かしている本人は、大きな術を使ってこない。隙をつけばいけるのではないか。

 たぶん。

 考える。
 リシュターがシエナ・フィンデルの体を乗っ取っているとして、だ。

 あのリシュターの体はどうしたのだろう。朽ちるにしても、時間がかかる。それに乗っ取るそれが完璧とは思えない。万が一、何かあった場合、リシュター本人の魂は器を失うことになる。

 だとしたら、本体は…?




「――――ゼノン!」




 考え事が、動きを鈍らせる。いや、違う。足が動かなかった。足には影が絡み付き、動きを止めていたのだ。
 
 まずい。

 光る刃。上手く刺されば治せる、と覚悟を決めた。




 ――――のだが。




「!?」




 目の前に、ぼろぼろな外套があった。いきなりの登場に「なん」言葉がでない。その間、ゼノンは奇妙な音を聞いた。何かが割れるような音である。

 外套。
 それが意味しているのは。




「あ…う……お前、は――――!」

「前にも言ったはずだ。貴方には負けないと。私たちは負けないと、ね」




 マノ。
 急すぎる登場ではないか。今まで何をしていた、など聞くことがある。が、それよりも
"前にも"といったことがひっかかった。前にも。前にも、だと?

 ゼノンはマノの外套を、そしてその奥にいる"シエナ"見た。

 彼女はまたよろめいた。顔は、マノを目の前にして怯えを含んだものになった。何故そんな顔をする?マノの見た目は人形であるから、中身が誰かわからないはずだが…。
 動きを止められたままのゼノンは、ただ見守るしかない。まわりも同じように、人形や幽鬼の攻撃をなんとかするのに必死だ。


 
 
「何故!何故貴様が!」

「そればかりは運命の悪戯としかいえないな。ここに喚ばれたのは私の意思ではないから」




 マノは一歩、進む。変わりに彼女は後ずさる。明らかに、おかしい。

 そんな二人の間に、ナイフが飛んだ。投げたのはアガレスで「貴様、何者だ」と低く問いかけた。マノはそれを見ない。彼女をみている。

 ゼノンは拘束から逃れて、距離をとる。外套を纏ったマノと、先ほどの様子とは違う彼女。




「貴方がマノ、ですか。まさか人形だとは思ってませんでしたよもー」

「ハイネン!どういうことだ」

「さっき少し話したでしょうに。彼が私らに情報をくれたんですよ。ちゃんと聞いてましたか?私のいけてる説明を」

「……殴るぞ」

「暴力はんたっ―――― って、本当にナイフ投げないで下さいよ。針ネズミにする気ですか?」

「ああそうだな勝手になっていろ」




 怒鳴るアガレスと、冗談なのかなんなのか、絶好調なハイネン。「……漫才かよ」レオドーラの呟きは二人には届かない。


 ハイネンが何だか、いきいきしている。それは普段と同じようなものではあるが、少し、違う。じゃれつくような、信頼さがある。

 何だか、ハイネンの別の顔を見た気がする。同じく、アガレスも、だが。



< 758 / 796 >

この作品をシェア

pagetop