とある神官の話
しかし、だ。
場違いだろう。全く。
ゼノンはわずかに口許を綻ばせた。
「全く」
先に口を開いたのは、マノだった。
彼は、動かない彼女を見たままだった。目をそらさない。
「お前といい、でかい息子といい……どうして奇人変人ばかりなのか」
「でかい…息子…?」
「今、なんて……?」
二人の顔が、そろってあり得ないというような顔をして居た。それは、奇妙な言葉を発したマノが原因だった。「何故」そう呟く。
彼らの"何故"は、ゼノンやランジット、レオドーラも同じだが、少し意味が違う気がする。
だが、ゼノンはひっかかった。まさか、とも。
―――あのですね、エルドレイス神官。
それはいつだったか、シエナが怒ったような声でいった。怒らせたのはゼノンだ。まだそんなに親しくなっていなかった頃だと思う。
親しくなくて追い回すようにしてしつこく話しかければ、怒って当然だ。
―――私は、顔と口の上手い男には気を付けろと昔から言われてるんです。
思い出したのは、たまたまだ。だがそのたまたまは、大きな結論へと結びついていく。
シエナと同じようなことを、つい少し前に聞かなかったか?誰から。それは、とゼノンは同じようなことを思っていたらしいレオドーラから視線をずらし、違う方へと向ける。
シエナは、誰からいわれた、といっていた?
また、奇妙な音がした。
「マノ、お前…!」
「言っていたはずだろう?私は人形でしかない。ただの、死者だと」
奇妙な音は、マノの体が崩れた証だった。
どうやら、ゼノンを庇って胸に刃を受けたらしい。小さな破片が落ちた。となると、もう時間がない。
レオドーラの悲鳴じみた言葉に、マノは淡々と返した。だがそこには、あたたかな笑みがある。
彼はまた彼女へと目を向けた。
「聖都から神官たちが到着し、それぞれ戦っている―――あの時と同じだ。お前は買ったと思っていたのだろう?力を封じ、守りだけを授けて死んだ、と」
「……やはり…お前は…」
「確かにそうだ。一緒にいると約束したのに、あの子より先に死んでしまったのだからな。だが、私はそれでも勝った、と思ったよ。あの子を守れたなら、こんな私でも存在してきた意味があったとね」
「近寄るな……!」
―――――ああ。
これで、わかった。
マノが、何者であるかが。
わかったからこそ、残酷だった。誰も口を開かない。美しい人形の言葉を聞いていた。
何故、彼を喚び人形でも、見た目がよく丈夫な器へと移したのか。
簡単だ。
禁忌の術などを扱う裏の連中の一人であったヒーセルは、そのトップにいるリシュターを危険だと思っていた。リシュターの"敵"。浮かぶのは、"彼"だ。
彼なら、何とか出来ると考えたのだろう。
聖都のシエナの自宅に、ゼノンはいったことがある。入ったことも。
その時、彼女の幼い頃の写真を見た。やや照れたようなシエナともう一人、なんとも言えない服を着て微笑む男性が写っていた。
荒らされた書斎で本を片付けながら、写真を見た。それの日付とコメントがあったのも覚えている。
あのとき、シエナには何も言わなかったのだが……彼女の父が書いたであろう文章も目にしていた。落ちた本は様々で、児童書もあった。その一つに、こんなことが書いてあった。
―――親愛なる君へ。君がいつか嫁ぐと思うと私はいてもたってもいられなくなる。なので多分、君に恋人が出来たら、父は一発そよ恋人を殴ってやろうと思う。
はっきり覚えているだけ、印象強かった。
あの当時、もし彼女の父親が健在であったなら、自分は殴られてるだろうか……などと考えた。
ゼノンはシエナと似た境遇だった。
シエナは実の親を知らないまま、養父に引き取られた。ゼノンもまたエドゥアール二世、本名フォルネウスに拾われた身なのだ。
フォルネウスは、ゼノンを息子として可愛がった。
それはシエナも同じだろう。
だから。
「――――セラヴォルグ」