とある神官の話




 声を発したのは、呼ばれた名前の友人だった。
 動揺。
 ハイネンは顔を歪めていた。アガレスもまた同じく、"マノ"を見ている。


 今から数年前。
 敵から娘を救いだし、命を落としたセラヴォルグ・フィンデルがそこにいた。
 禁術によって喚ばれ人形を魂の器とし、名前を、正体を隠して。




「おいおい…!まじかよ」




 アガレス・リッヒィンデル。
 ヨウカハイネン・シュトルハウゼン。
 そんな二人と同じく、有名であった男にして、シエナの父。

 言葉を失うレオドーラの変わりに、ランジットが信じられないと言いたげな顔をする。信じられない。だが、彼の言葉は、本物としか……。




「酷い格好だな、アガレス」




 マノに名前を呼ばれた男が、一歩足を踏み出す。が、動かない。動けないのだ。




「初めてお前と会った時も酷い格好だった。あれから何年たっても怪我をするし、あまり愛想がない。もはやそういう趣味としか思えない」

「……趣味でたまるか。お前と一緒にするな。馬鹿者が…!」




 アガレスの貶す言葉は、人を貶めたり傷つけたりするものではない。友人同士のたわむれの言葉だった。

 低く笑うマノは、今度「それとハイネン」と。

 呼ばれたハイネンの肩が跳ねた。それはアガレスとは違い、何かを堪えているように見えた。




「お前はあまり変わらないな。妙な人格変換はアガレスの教育が明後日の方向に向いて、奇人変人になってしまったのかと思うね」

「……貴方は狡い。いつだって、貴方は……」

「でかい息子が泣いても可愛くないぞ」

「泣いてません!文句なら、親のアガレスに言って下さい」

「誰が親だ!」

「まあ、あの子何をしても可愛く思うが、ね……」




 最後はマノの呟きだった。

 思い出を懐かしみ、寂しさと甘さの入り交じったもの。

 彼らの会話を、遮ることなどゼノンにはできない。

 変わりに、ゼノンは"シエナ"をみていた。彼女は胸のあたりに指を突き立てるようにして押さえている。顔色が悪く、呼吸も乱れている。
 本来の、シエナはわかっているのだろうか?自分が置かれている状況や、この光景を見ているのだろうか。見ているなら、彼女が一番辛いのではないか―――――。





「死人に、何が出来るというのだ。お前は、もう朽ちるだけであろう」

「そうだな。だが、私だけではないだろう?」




 マノは剣を地面に突き刺す。あくまでも淡々としていて、ゼノンらはどうしたらいいのかわからない。
 ただ、あまり時間がないということは、わかる。




「自分が何者であったか既にわからず、喰い尽くされながら、多くを殺してきた貴方に何が出来る?何かを得たと思っているのだろうが、それは違う。何一つ、得てなどいない。あるのは、深い深い空虚だけだ」

「知っているような、口をきくな小僧。私は、今度こそ完璧になってみせる!」

  



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