とある神官の話





 "シエナ"が腕をふる。現れたのは「なんだ…!?」赤黒い色。それは地面に円形に広がり、不気味に点滅する。
 絡み付くようなそれに、嫌な汗が出る。早く、どうにかしなくては。

 焦るゼノンをよそに、もっとも彼女に近い位置にいる"マノ"は大して動じない。ただぼんやりと見ているだけだ。




「精々足掻け――――だが、もう終わりにしてやろう」

「おい…」

「何をするつもりですか」




 全く何をするつもりなのか読めない。
 既に器となる人形ははあちこち崩れ、ひびが入り始めている。

 時間がない。
 壊れてしまったら、彼は。


 マノは、ふっとこちらのほうを見た。顔にもひびが入り始めていて、ゼノンはなんと言ったらいいのか言葉が絡まりうまく出てこない。何をいう?何をいえばいい?

 それは、マノも同じなのではないか。
 彼は少し迷っていた。
 


 
「――――娘を頼むよ」

「っ待って下さい!まだ」




 "シエナ"が嘲笑するかのようにすると、円形のそれが強く光る。

 まずいっ。

 

 ゼノンが最後に見たのは、"マノ"――――セラヴォルグは短剣を手に地面を蹴った。

 そして。

 "シエナ"に突き刺すのを見た。



 
 それっきり、あたりは真っ白となり…―――――。





  * * *





 
 頑丈な鉄格子があった。それは錆び付いているような古いものではない。かなり新しいものだった。
 手で触れると、冷たさが刺すように感じられて、ゆっくりと離した。



 ここはどこだろう。



 そういう考えが浮かんで、私はぼんやりと見ていく。とくにこれといったものはなく、何処なのかわからない。だが、はて、と思う。ここ以外のどこか。それは、なんだろう。ここ以外に、私はどこかにいただろうか。

 私は膝を抱える。
 身動きしたら、鈍い音がした。

 手首と足には鎖が伸びていた。頑丈そうな鎖に触れてみる。ずっと触れていると、私のあたたかさが移るが、それ以外は鉄格子と同じように冷たいままだった。
 私は、繋がれている。

 動くたびに、鎖が音をたてる。
 私はその鎖を引っ張ってみる。鉄格子に繋がっているらしいそれは、ただ音をたてるだけ。壊せるだろうか。けど、壊して何になるのだろう。

 
 私は何処にも行けない。
 "何処か"だなんて記憶にない。

 だが、なんだろう。

 ここにずっとこのままいるのかと思うと、そうなのかもと思う。私は何かを忘れている気がするのだ。けど、何を……?
 鉄格子の外は危険だ。私はそう思うけれど、理由が見つからない。何故危険だと思うのか。



 ああ、だって。
 いろんな音がする。私は耳を塞いでしまいたくなる。

 そんなに、煩くしないでほしい。

 私は、もう疲れたから。






『君はそれでいいのか』



 様々な音がする中で、それはよく聞こえた。はっきりと、近くで。
 
 綺麗な人だった。

 私はぼんやりとその人見て、どうやってここまで来たのだろうと考える。怖い外からやってきたのだろうか。だがその人は、私をどうこうする気があるのかないのか、鉄格子の向こうからこちらを見ているだけ。






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