とある神官の話





 ハイネンは、見事ににやにやしていた。
 彼がそういう顔をしているときは、嫌な予感がする。




「思い出してるとか。あのときのチューを!」




 ………はい?
 一瞬静かになったが、食いついた人物がいた。




「なに!?チューしたのか!誰とだ?ああわかったぞ、もしかして」

「な、何言ってるんですか。してません!ハイネンさん、嘘言わないでくださいよ!」

「いいじゃないですか。したってことで」

「何でですか!?」

「何でって……ふふ」

「楽しまないでくださいよ…もう」




 何なんだ。
 どこから、チューしただなんて出てきたんだ。してません!本当に。その、抱き締められたけれど。

 大の大人(片方は人間の倍は生きている)二人してこの反応は……。

 笑ってしまったが、たぶん、ハイネンは少しでもと考えてくれたのだろう。



 アゼル先輩はラッセル・ファムランとともに行方不明だった。そんな中でも、あの地に駆けつけてくれた。本当、参ってしまう。いろんな人に助けられて、迷惑かけて。だがそれはもう言えなかった。ハイネンに「そんなに迷惑かけてなんぼ、ですよ」といわれてしまっている。

 愛されてるな、と猊下はいった。

 何だかそれがむず痒くて困ると、何をまた想像あるいは妄想したのか、ハイネンがにやついている。私からするとまた変なことを言わないかとハラハラする。
 



「この事件に限らず、シエナには手を出させません。きたらギッタギタに返り討ちにしてやりますから」




 会議でどんな結果になろうと、私はそれを受け入れる――――というようなことを言おうと思ったのだが。
 何か言うとまた、ハイネンに論破されてしまいそうだったから口を閉じる。


 みんな、貴女のために動いた。
 それは貴女が好きだからでしょう。
 貴女だって、同じようにするのではないですか?

 そんなハイネンの言葉がよぎった。





「で、だ。顔を見にきたってのもあるんだが、本題はこっからだ」




 猊下はそう切り出すと、「これだ」と大きめな封筒を見せた。書類とかが入るくらいの大きさのものである。




「手紙が来たんだ」

「手紙、ですか?」

「しかもだな―――おっと、ちょっと待てよ」




 そういうと、大きな封筒に猊下は手をかざす。そして何か小さく呟くと、帯のようなものが浮かび、ゆっくりとほどけながら消えた。特殊な術をかけているとなると、それだけの意味があるものだとわかる。

 


「手紙が送られたのは数人。俺、それからハイネンとバルニエルのアーレンス・ロッシュ宛に送られてきた。内容はまあ、同じようになことと、個人的なのを少しっていう感じだな。俺のには説明もあったが…」

「この手紙はシエナが聖都に帰ってきてから、届いていることが知れまして。ほら、アーレンスも私らもごたごたしていましたから、他のことは少し後回しになっていました。で、それぞれびっくり、という内容だったんです」




 よく、わからないのだが。
 アーレンス・ロッシュやハイネン、それから猊下に手紙が来たのはわかった。だが、その手紙というのはなんなんだろう?




「これか会議があるんだがな……。これを読んでもらおうと思って」

「でもそれは、猊下のお手紙ですよね?」

「シエナ宛のもあるんですよ」

「え?」

「で、だ。まずは俺のから先に読んでくれ。自分のを先に読みたいのはわかるが……いいか?」




 そういうと、私にその大きな封筒から、小さな封筒を出す。「こっちはシエナ宛て。俺のと一緒に入ってた」という。そして二つを私へと差し出した。

 小さな封筒には、宛名はない。だが、私へのもの、らしい。

 人の手紙、しかも猊下宛の手紙を読むこもになるとは。大きな封筒の中身は一体どんなことが書いているのだろう。アーレンス・ロッシュにも手紙がきていたというのだから、どういうことなのか。


 外に待機していた武装神官が「猊下、そろそろお時間が」と。それに猊下とハイネンがそれぞれ退出しとあとは、部屋の中がひっそりと静かになる。
 


 私は言われたとおり、猊下宛の大きな封筒を手に取り、中身を開けた。



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