とある神官の話





 ―――あの者は、こう言った。
 罪無き者を、被害者を、異端者を排除するのは簡単です。遥か昔のように。


 そう言ったのは、アンゼルム・リシュターだった。

 彼は間違いなく優秀だった。幼少から頭がよく、天才とまで言われていた。
 しかし、と教皇エドゥアール二世、本名フォルネウスはこの会議よりも先に受けていた"報告"を思い出す。


 一体、"彼"はどこの誰なのか。


 フォルネウスは今、会議に出席していた。教皇用の席は他よりも高く、そして御簾が降りている。御簾をおろせとかおろすなとかは、特定の行事など以外では教皇本人に委ねられる。よってフォルネウスは今御簾をおろし、耳を傾けていた。
 
 御簾の向こうには、枢機卿らが席についている。もちろん、キース・ブランシェやミスラ・フォンエルズ、枢機卿となってからまだ日が浅いヨウカハイネン・シュトルハウゼンらもそれぞれ席についていた。
 そして、今回のアンゼルム・リシュターの件などを話している。

 

 フォルネウスはその話を聞きながら、別のことも考えていた。
 
 ―――手紙のこと、である。
 その手紙は現在フォルネウスのもとを離れて、シエナ・フィンデルのもとにある。


 切手に押されている判を見ると、カルラスに近いところの地名が入っていた。となると、出されたのはその辺りで、その地に居たことになる。


 手紙の始まりは、『フォルネウスには感謝している』だった。いきなり何だ、と受け取って眉を潜めた。悪戯か?と思いながら文字を辿っていくと、驚きとともに馬鹿な、声が出た。どういうことだ、とも。
 
 おいおい、そりゃ反則だろーが。

 手紙の文字は急いで書いた、という感じが出て少し乱れていた。それが、本人が記していた時間がないという言葉を実感させるには充分だった。



 手紙をフォルネウスやハイネン、アーレンス・ロッシュに送ったのは、今から数年前に死んだ――――あのセラヴォルグ・フィンデルである。
 
 死者からの手紙。
 さすがにあのセラヴォルグとはいえ、死んでからあれこれ出来るはずがない。

 彼が何故こんなことになったのかなどを記してきたお陰で、知ることができた。それからフォルネウスを驚かせるような内容も綴られていて、驚くを通り越してあきれた。あの男は本当にとんでもねーな、と。




「――――では、我々が知るアンゼルム・リシュターとう男は、本当のアンゼルム・リシュターという人物ではなかったと?」

「そうです。禁術を使用し、当時少年であった本物のアンゼルム・リシュターという人物を乗っ取ったのです」

「では、本来の少年の魂は…」

「年齢を考えると、精神を破壊され立ち直れず譲った、か?」

「しかし、そのようなことを何度も出来るとは考えにくいが」

「乗っ取っる方法は手に入れ完成させていたのではないのですか。前にもあった件のように」




 それぞれ枢機卿が声をあげる。同時に読み上げられたり、出されたりする情報と報告書。
 フォルネウスは、そうなんだよなぁ、と軽く目を閉じる。


 セラヴォルグは手紙に、まず自分のことを書いていた。何故自分がこうなっているのか。それは、そう。ヒーセル枢機卿の手によってこの世に喚ばれた、ということである。

 前からヒーセルは疑いがあったが、何故そんなことをしたのか?

 彼いわく、『危険だと判断したのだろう』ということだった。禁術などに手を染めるやからはいつの時代も存在する。その組織的なトップだったのが、アンゼルム・リシュターであった。彼は優秀で…優秀過ぎた。危険だという者が現れても可笑しくはない。権力争いだとか、そういうのはどこにでもある。
 ヒーセルは唯一、リシュターが苦手とした男ならばと考えた。そして、禁術を使って喚び、器を与えた。セラヴォルグならばシエナを狙う者を放っておかないという計算だったのだ。なるほど、確かにそうだ。なんのために喚ばれたかわからずとも、あの男ならばすぐに理解し動くとフォルネウスも思う。


 そして、だ。
 "アンゼルム・リシュター"についてハイネンが話しているそれは、手紙に記されたものの結果であるのをフォルネウスは知っている。

 手紙では予想ではあるが、と書いてあった。とにかく調べろと。
 となると最も知っていそうな人物に話を聞くのが早い。現在特殊監房にいるあのアガレス・リッヒィンデルである。彼が語ったことと手紙の内容は重なった。

 アンゼルム・リシュターは幼少時、一度行方不明となったことがある。後に戻った少年は、今までの少年とはがらっと性格が変わったという。
 この幼少時の話は、ラッセル・ファムランが得ており、聖都に戻ってすぐ、死ぬ気で書いて提出した報告書にある。同じように報告書はかなり早く提出されたのは多くあるのは、シエナを早く自由にという願いもあるのだろう。
 早く提出されたからこそ、会議も早く開けたのだ。



 それから、セラヴォルグは数十年前の"研究者"のことを書いていた。その者について調べろと命じ、わかったのは途中まで。その他は無くなってしまっているのを確認した。
 

 わからないのは、本人が消していっていたのか、乗っ取るというそれが本人がどうかの確かめが出来なかったのか――――。




 つまり、"アンゼルム・リシュター"という人を乗っ取っていた人物はわからないままだ。


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