とある神官の話





 何度、乗っ取ったのか。
 そのことでどれだけの人が倒れたか。

 同時に、多くを殺した。



 己の欲。ただそれだけのために、他者を殺し生きてきたというなら、憐れだ。殺して得ることだけが己の空虚を満たすとなると、愛も友情も効果がない。ただの邪魔なものとのるのだろう。

 殺された者の身内は悲しみを一生背負って生きていかなくてはならない。
 身内、家族などがいなくて悲しむ者がいない。消えてもわからない。だから、などとは理由にならない。だから、我々は祈る。名前すらわからず、死んだことすら知られない死者に。

 
 教皇という身分であるが、自分は一人の人間である。だから、愛する人を失い復讐のために動いたアガレスのことは理解できる――――犯罪に手を染めてしまった彼を止められなかったセラヴォルグもまた、苦しかったはずだ。同じく、ハイネンも。




「―――生きた管理者はどうするのです?また狙われるのでは?」

「今回は神官に死人は出なかったが、一人のために多くが犠牲になるのは避けたい」

「だが"魔術師"の人材は貴重だぞ。今後の事件を考えると失うのは惜しい」

「……倫理的にその発言はどうかと思うが」

「綺麗事ばかりでは守れぬ」




 御簾の中でフォルネウスの顔がわずかに歪んだ。
 枢機卿からしてみれば、己の部下といえる神官らは自分達の手足であり、駒でもある。だが神官はモノではない。古い連中はどうもな、と思う。

 別に古いから嫌だというわけではない。むしろ価値があり、利用し、使えるのは使ってもいいと思う。もちろん、ちゃんと影響や管理も含めて。
 不謹慎だとは思うが、アガレスが闇に繋がっていた神官や枢機卿を殺害したお陰で、昔に比べるとだいぶマシになったといえる。とはいえ、完全にとは言い切れない。闇は、どこにでもある。



 フォルネウスが顔をわずかに歪めている間にも、舌戦が始まっていた。

 いつくかの派閥があり、ヒーセル枢機卿、それからリシュターが消えたことにより動揺は広がったようだが、いずれ落ち着くだろう。

 舌戦を繰り広げているのは、毒舌大魔王といわれるミスラ・フォンエルズとハイネンである。ちらりとキースを見ると、彼もまた応戦している。
 



「あなた方のいう、たかが一人に何故そんなに怯える必要がある?ああ、体力面や力は若い向こうの方が有利だからか?」

「そういえば、当時の対策はほぼ丸投げで寄越してきたのは一体何処の誰らでしたかねぇ」

「ああ、あの面倒だから部下に押し付けてしまおう作戦だったか。優秀な部下がいて羨ましいものだ」

「失礼な!」

「何が?」

「!」

「私は事実をいったまでのこと。当時の対策は優秀な部下によって考えられて実行され、守られてきた。あなた方は彼女のために何をした?ただ闇雲に危険だと騒いでいただけだろう」


 

 毒舌大魔王は不気味に笑って見せる。それに顔を怒りで紅く染めている枢機卿と、なかには若干怯えも見える。
 


 ――――私は幸せだった。それは今もそう思っている。



 セラヴォルグは手紙でリシュターのことなどを書きながら、彼はシエナのことも書いている。
 彼女の"術式"について、だ。
 
 それらを見て、フォルネウスは苦笑した。この数年のうち権謀術数をめぐらし、死んでからもその存在を、力を発揮する人物はセラヴォルグしかいない。あの男は、本当に……。

 
 口許に笑みが浮かんだころ、舌戦はもはや言い争い状態になっている。

 フォルネウスのすぐ近くにいる武装神官が青い顔をして「お止めにならないのですか?」と。確かにそろそろ止めないとならない。あの毒舌大魔王が猛威をふるっているのを止めるのは、やや勿体ないな、などと思いながら息をすう。



 そして――――――。




  * * *



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