とある神官の話
その手紙の文字は、乱れていた。
あまり時間がないと書いている通り、急いで書いたのだとわかる。時間がないからであるからであるが、それでもそれなりの長さがあった。
文字をたどり、その意味を知って愕然とした。嘘。まさか。動揺は指先に伝わり、紙にしわを作ってしまう。
手紙を見るのが怖い。
だが、知らなくては後悔する。
まずなぜ、この手紙を書くことができたのか。それからあの、アンゼルム・リシュターについてが述べられている。
手紙を書いたのは、父だった。
ヒーセル枢機卿に喚ばれ、人形を器として彼はこの世に再び戻ったという。どうりで走り書きとはいえ、懐かしみのある文字だなと感じたわけだ。父の字。涙で汚さないように気を付ける。
私は、暗い中にいた。
自分自身が何者かわからず、一人だった。このまま一人で、何もかもわからなくなってしまうのか。それでもいい。"私"というのが壊れてしまうかもしれないとわかっていても、どうすることも出来なかった。
膝を抱えて、ひとり。
そんなとき、姿を見せたのは父だった。あれは、夢だったのか。それとも現実?
今でもよくわからないけど、覚えている。
誰か最初わからなかった。だがそれを、父は思い出させた。私がどんなに好きだったかを。好きでいてくれたかを。だから、苦しかった。私が父したことも思い出してしまったから。私のせいだといった。そんなことをいえば、父は私を慰めることくらいわかっていたのに。
『ならいつまでたてば癒えるのだろう?一年?二年?いくらたっても、消えたりはしない――――狡い言い方だが、私はもういないのだ。いない人のことを病んでも、どうにもならない。死んだ人が生きている人にどうにもできないように。後悔していること、傷も、思い出と同じように抱えるしかないんだ――――あくまでも私の考え、だが』
『私の娘。もう、わかっているね。悲しむことは悪いことじゃない。だが、同時に前を向かなくてはならないことを』
夢、幻。どちらでもいい。
父は、会いに来てくれたのだ。
……わかっている。
手紙には、私の中に眠る術式についてもあった。"守りの術"と。
それは一体どんなものなのか?
発動者が敵としていた者らの無力化。
敵が闇堕者であった場合、神官と同様な効果を発揮するという、そんな守りの術に分類されるものだという。
しかし、アレクシス・ラーヴィアが見つけたのは神官同様な効果を、だなんていうものではなかった。下手すると本人が敵と認識した"敵"を滅するほどの力を秘めていることになる。それは、使いようによっては善にも悪にも変わる。アークは最期まで破壊してしまうか迷い、結果、不完全のまま子供に託した。
その後、私に引き継がれた術式のそれを、セラヴォルグが気づいた。その上で手を加える。父もまた守りの術の一つであることはわかったが、アークのように迷うことなく、封じた。同時にアークのとは別に策として術をかけた。
取り出せないなどの条件はアークからのもので、セラヴォルグはその辺にあまり手を加えていない。変わりに狙われるということを逆手にとり、とある仕掛けをしたという。
対闇堕者。
具体的にいうと、対アンゼルム・リシュターがもし、"シエナ"に何かしようとしたら――――。
一部のその"守りの術"が発動するようにしたのだ。
それが発動したことによって、ハイネンがいっていた"強烈な光のあと気を失った"、らしい。
そしてその術はというと、だ。
――――私が出来るだけ壊そうと思っている。
父は何らかの方法で、発動させるのと同時に壊してしまったのだ。しかし多少、"残骸"があるという。貴重な術式であったから、記録くらいは云々とぼやく連中がいるだろうが、と父は続ける。復元出来ないだろうと続け、しまいには『死んだ身だから好き勝手なことをしても怒れないな』などと書いている。……そういう問題だろうか。