とある神官の話



  * * *



 暗闇から、音。
 音は止めるまで止まない。わかっている。たが、まだもうちょっと微睡んでいたい――――が。

 手を伸ばし、時計を掴む。目覚まし時計の音を切るべくボタンをとして、息をはく。
 
 顔を洗い、髪の毛を解かす。眠くて欠伸が出る。化粧水なんかで整えた肌に、うっすら化粧を施す。化粧とはいうものの、私はあまり得意ではない。気持ち、というくらいだ。
 

 朝食はパンとサラダ。
 服を汚さないように気を付ける。たまに朝食を食べてから着替えることもある。まあ、気まぐれだった。
 お昼用にもサンドイッチを作る。小さな入れ物にはドレッシングとサラダ。それからお茶。


 食べ終えて、少し余裕がある。家事なんかを多少やってから家を出る。いい天気だった。
 うだるような暑さだったのが、最近は少し秋めいてきている。とは日焼けに気を付けたい。



 自宅を余裕持って出て、宮殿へ。門を抜ける頃には、神官らの姿が多く見える。まあ、聖都ならばどこにでも神官の姿を見ることが出来るのだが――――その、何とも言えない視線が邪魔だった。
 
 仕方ない、のだけれど。

 早く部屋に入ってしまおう。そう思って足を早めると「シエナ」と声がかかる。




「おはようございます」

「おはようす。今日もいい天気ですね。おかげでミイラな気分ですよ」

「どんな気分だよ、それ……」




 そこには、ヨウカハイネン・シュトルハウゼンこと、通称ハイネン。それからヘーニル・ロマノフ局長がいた。
 突っ込みを入れた局長に何となく違和感。





「あの、ロマノフ局長。もしかして調子悪いんじゃ…」

「どこぞのミイラ男と飲んだんだよ。ったく、お陰で素晴らしく二日酔いだぜ」




 局長が恨めしそうに隣の枢機卿を見るが「私の奢りでバッチリ飲んだくせに文句ですかそーですかー」視線が違う方に向いた。なるほど。そういうことか。
 
 ――――日常が戻ってきた。

 保護という名前の拘束が解かれてから、日常が戻ってきている。とはいえ、私自身はまた名前が広まっている。局長のもとから枢機卿の部下となったのは出世ともいえるし、なにより闇堕者を倒したことなんかが出回っているのだ。

 最初はロマノフ局長のもとにいた私が、枢機卿の部下となってからは、局長に会う機会が減ってしまっていた。
 が、彼は私を見かけると声をかけてくれる。それが嬉しかった。





「そういや、あいつはどうした?」

「あいつ?」




 聞き返した私に「ゼノン・エルドレイスだよ」と。




「解決したんだから、またストーカーしてんじゃねーのかなーと」

「なんというか、その」

「溜まりまくった書類を片付けてるんですよ。したくても、ね」

「ほー…って、お前のせいとかじゃないのか」

「ふふふふ」

「笑って誤魔化すな」




 ―――そう。

 ゼノンとランジットが忙しいらしいのは知っている。私が拘束を解かれてから会ったといえば会ったのだが…近況報告なんかで終わってしまっている。
 それから、先輩こと、アゼル・クロフォードとラッセル・ファムランは"行方不明"であったことにより、同じくたまったものを処理している。

 つまり、だ。
 "あの地"にいた人たちはみな忙しいのである。

 って、あれ。
 私は今目の前にいるハイネンの言葉がひっかかった。まだ朝だからおかしくはないが…。





「私は程ほどにやっていますよ。ただ、書類ばかり見ているのも飽きますし」





 あっけらかんといって肩をすくめたそれに、ああハイネンらしいなと思う。上司であるブランシェ枢機卿はちゃんと仕事をしてるのになぁ…とも。

 じゃあまた、とハイネンと局長と別れてすぐのことだ。何やら慌ただしい様子の神官が辺りをキョロキョロと見渡している。何事かと周囲の神官と、私がみていると「今日こそ仕事をみっちりして貰いますよ枢機卿ー!」と。それで私は悟って、その場を後にした。

 
 ―――平和だ。


 去年もまた様々なことがあったが、これからは平和になっていくだろう。あんなに大きな事件は頻繁には起こらない。起こらないことを願う。
 
 目的の部屋に入ると、「だ、大丈夫ですか?」ブランシェ枢機卿が机に突っ伏していた。何かあったかと慌てた私に片手をあげて止め、体を起こす。青白い顔。本当に大丈夫なのか。




「ブランシェ枢機卿…?」

「今日はいつもより早くきて仕事をしていたんだが…朝っぱらからミイラ男を知らないかと聞かれるわ、電話がきたと思ったらノーリッシュブルグの大魔王からで、な…。なんというか、疲れたのだ」

「それは、その、大変でしたね…」




 何となく顔がひきつる。


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