とある神官の話
放浪ミイラ男(ハイネン)とは違い、ブランシェ枢機卿は真面目だ。真面目だからなんというか、振り回されてしまうことが多い。しかしよく考えると、ハイネンや大魔王などと称されるノーリッシュブルグのミスラ・フォンエルズに敵う者などいるのか。
私はついさっき、本人に会いました。
だなんて言えるはずがない。
私は鞄などを片付けて、仕事の手伝いを始める。
真面目なブランシェ枢機卿だからか、書類は最初に比べると随分減った。今日頑張れば溜まっていたものはさっぱりするだろう。「頑張るか」という言葉に力強く頷いた。
枢機卿の部下だからか、枢機卿の補佐役が多い。資料を持ってきたり、電話を受けたり。まるで秘書だ。とはいえ、私は能力持ちの神官である。それも"魔術師"の。ブランシェ枢機卿は剣の腕があるが、何かあったら私が守るという意味もある。
ブランシェ枢機卿が溜め息。
「落ち着いたといえば落ち着いたが、まだ騒がしいな」
視線には、新聞がある。少し古いが、そこには約二十年ほど前の神官、枢機卿殺害事件の犯人が捕まった、という内容が踊っている。――――アガレス・リッヒィンデルが捕まった、というものだ。
世間は犯罪者の逮捕にわいたが、背景のことを知っている私らは複雑過ぎる。
その件に、私が関わっているというのは、やはら騒がしく視線を向けてくる理由でもある。
「あまり無理をするなよ」
「…ありがとうございます。ブランシェ枢機卿も」
「そうだな」
集中していれば、時間はあっという間に過ぎていく。
日常が戻ってきたが、前のようにはいかない。変わっていくのは仕方ないし、そういうものだ。慣れていくしかない。
普通の、神官だったはずなんだが。
父は特殊だった。だが、私も父であるセラヴォルグは血の繋がりはない。能力持ちというのは同じだが、それくらいだ。だから、私は能力こそ珍しいものの、その辺にいる神官と変わらないはずだった。
神官になるべく勉強していたときだって、成績はまあまあ、というくらい。
美人でもない。悲しいが、胸もない。ボンッキュッボンだなんて遥か彼方だ。
どこにでもいる、女神官。
それが私。
けれど、過去は普通というものを許さなかった。
聖都を離れたり、指名手配犯と遭遇、戦ったり――――。過去を封印してひっそりと過ごしてきたのに、出来事は襲いかかってきた。そのたびに困って悩んで不安でたまらなくて。
私は成長出来たのだろうか…?
夕方となり、ブランシェ枢機卿と別れてた。頑張ったかいがあり、溜まっていた書類は綺麗に片付いた。「明日から少しゆっくりできるな」とブランシェ枢機卿も笑っていたそれに、私もほっとする。
外は涼しい。
日が完全に落ちたら、薄着だと寒く感じるかもしれない。
グラデーションとなった空はきれいで、門を出たころ帰りのか慌ただしく子供たちが走っていくのを見た。家に帰る。それはごく当たり前なのかもしれないが、家があるということ、帰る場所があるということは幸せなことなのだと、思う。
そんなこと思ったら、ちょっと寂しくなった。
寂しくなったら、ブエナのところに行けばいい。ブエナはいつだって、子供たちとあの場にいて、私を受け入れてくれる。
ああもう。弱いな。
踏ん張らないと、泣きそうになる。泣いても変わらない。前を向けシエナ。何度もいい聞かせる。呪文のように。
「――――シエナさん?」
「っはあい!?」
必死に呪文を、やらなにやら考えていたから注意散漫だった。
おかげでヘンテコな声が出て、振り向いた先にいた人物にうわぁぁ、と逃げたくなっる。何ということだ。
銀色の髪の毛。
ゼノン・エルドレイスがそこにいる。
「後ろ姿を見て、シエナさんじゃないかなと思ってたんですよ。運命ですね」
「……ゼノンさんは帰りですか」
「ええ。最近はずっと部屋に缶詰状態で、一瞬、中々減らないので書類を燃やしてしまおうかとも思っていたところです」
燃やされた書類。
青白いを通り越したブランシェ枢機卿。
それらが浮かんだ。
「や、やめて下さいよ。そんなことしたらブランシェ枢機卿が倒れてしまいます!」
「冗談ですよ、半分は」
残り半分は!?
せっかく運命云々を無視して、冷静に対応していたのにっ。
本当に、わからない。