とある神官の話




 なんだかんだ言って、ゼノンもまたブランシェ枢機卿と同じく真面目だ。だから、そんなことはしない…はずだ。




「しかし、やけますね」

「何がです」

「ここ最近は私よりキースと会っている時間が長いので、狡いなと」

「…………当たり前でしょう。私の上司なんですから」

「だとしても、ですよ」




 完全にゼノンのペースだ。
 私は笑うゼノンを見て、何だかなぁと困る。

 私は今、彼へどう、なんというか、接したらいいのかわからない。何でもない、というのを装っているだけ。落ち着かない。




「よかったら、これから、ご飯食べにいきませんか?」




 そうだ、といって誘われたそれに、さあどうする私。

 断る。
 行く。

 別にこれといって、断る理由がない。家に帰ればご飯食べないとならない。だがそこらが問題ではないのだ。相手は、"あの"ゼノン・エルドレイスである。私にあれこれ、その、口説いてくる(!)男で。

 ああなんで思い出すかなー私。

 迷う向かいで「駄目ですか?」みたいな顔をされた。………駄目、じゃないです。




「いいですよ。行きましょう」




 女は度胸!

 返事を返した時の、ゼノンの表情といったらそれはそれは"ぱぁぁぁ"という感じだったので、笑いそうになる。



 ―――――――…………。




 聖都は、広い。


 私が知っているのは、宮殿から自宅周辺。あるいは先輩の家や、ブエナの孤児院あたり。
 住んでいても、用事がなければ行かないという場所もある。行ってみたいが、というような。

 私は行動範囲が狭いなとつくづく思う。アゼル先輩と出掛けることもあるが、時間が合わないことが多い。やはり買い物なんかは一人がほとんど。……友人いないのか。私。軽く落ち込む。

 うっかり迷子になったら笑い種だとゼノンに任せてついていく。ゼノンはとくに気にせず、仕事の話なんかをしながら歩いた。


 任せた先は聖都っぽいお洒落な、というよりも賑やかな店で「来たことは?」と言われ首をふる。店内は男女様々だった。それぞれが楽しく会話をしながら食事をしていた。
 私はあまり外食しないから、何だか新鮮であり、少しどきどきしてしまう。

 空いている席に座る。 





「ランジットやキースとも来るんですよ。値段もそんなに高くないし、なにより美味しい」

「へぇ…」




 メニューを見ながら、ゼノンにオススメを聞いてみる。いくつかあるなかで選ぶと、「お酒は?」と聞かれた。あまり強くないのがいいといえば、飲みやすいというものを選んでくれる。

 さすがよく来ているだけのことがあって、慣れている。

 私はというと、店内にあちこち目をやっていた。
 神官服のままなので多少目立つが、ここは聖都。神官がいても珍しいことはない。



 
「今さらですけど、苦手でしたか…?」

「いえ、そうじゃないんです。私、あまり外食しないから…何だか新鮮で」




 何を話しているのかわからないが、笑う顔をみていると、平和だなと感じられた。

 しばらく張りつめていたから、そんな風に思うのだろうか。
 よかった、とゼノンが微笑む。




「シエナさんは料理するんですか?」

「独り暮らしですから、一応は。でも、全く得意ではないです。ゼノンさんは?」

「ばっちり出来ません」

「出来そうに見えますけど…。その、エプロンとかばっちりして」

「シエナさん、今想像したでしょう」

「ばれましたか」

「ばれました」




 エリート街道まっしぐら中の彼は、頭よし顔よし運動神経よし。何でも出来るんじゃないかと思っていた。完璧な人なんていないのはわかっているが、例えば、黒いエプロンしてフライパンを「またしてるでしょう」「すみません」ばれた。

 何だかちょっとおかしくて笑ってしまう。


 店員が料理とお酒を持ってくる。
 それぞれ受け取り、先にグラスを持ったのはゼノンだった。




「お仕事、お疲れさまでしたっていうことで」

「ゼノンさんも」




 軽くグラスをあげて、飲む。
 ゼノンが選んでくれたお酒はすっきりした味だった。アルコールが染みる。

 少し前までは、こんな風になるだなんて思っていなかった。

 それが、本当に少しずつ距離が縮まってきた。しかし今でも、何故私なのかがわからない。




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