とある神官の話
料理を美味しく頂きながら「そういえば」とゼノンがいう。
「アガレスに会いに行ったそうですね。私もハイネンと共に行ったんですが…」
声をわずかに小さくして言ったそれは、最後に言い淀んだ。
その理由は、わかる。
「もう、長くないそうですね」
「……ええ」
頷いたゼノン。その表情が翳る。
私だってそうだ。
アガレス・リッヒィンデルは、アンゼルム・リシュターを倒すために様々なことに手を出した。倒すためなら何だってした。そう彼は言っていた。
だがそれは、自分の体を酷使し命を削ることに繋がった。彼もわかっていて、それを止めることはなかった。
復讐。
彼は、許せなかった。
そして、神官や枢機卿を殺害したあの日、あと一歩というところまでいった。あの場で、アンゼルム・リシュターを倒せたなら――――。追い詰めたまではよかったが、リシュターから術を受けてしまう。禁術のそれは、命を食い散らかし、やがて死に追いやるという残酷なものだった。
それを知っても、アガレスはそのままにしていた。解く方法が見つからないのである。
もちろん、捕まってから教皇エドゥアール二世は、密かに調べさせたが今のところ進展はない。
つまり、その術によってアガレスは長くない、ということなのだった。
アガレス自身、別にいいと言っていたが、ハイネンが納得していない。私だってそうだ。そう簡単な判断は出来ないが、それでも…リシュターのせいで死ぬだなんて。
彼は罪人だ。
しかも、世間は彼を、重大な事件の犯人として憎んでいたし、早く捕まれと思っていた。……何も知らないで。
私たちだってそうだった。
彼は、何故あんな事件を起こしたのか。
その、"本当の理由"や背景の詳細を知っているからこそ、やりきれなさが襲う。この気持ちは、父だって持っていたはずだ。アガレスの友人だったのだから。
私が会いに行ったとき、ブランシェ枢機卿と一緒だった。
"ただの"神官が簡単に会えないのはわかっているから、少しお願いをしたのである。ブランシェ枢機卿はうなずき、手を回してくれた。
彼は、穏やかだった。
私にわかりやすいように話してくれた。正体を知らずに話したことがあった、あのときのように。
「何も知らないで、散々に言われているのを聞くのが辛くて」
「やるせない、ですよね」
「でもあの人は、目的は達成されたから、もういいんだ、って」
自分が死ぬのは、別にいい。
だが、死ぬ前にリシュターをと思っていたのだ。大切な人の、復讐のために。
達成されたあとの彼は、全てを受け入れて、静かに待っている。
「だから、私、文句をいってきました」
え、というゼノンがグラスを持ったまま固まる。
「貴方はそれで満足かもしれません。死ぬのも受け入れるつもりなんでしょうけど、抗ってくれないのですかって。私は貴方がすんなり死ぬだなんて嫌ですって。だって、父の友人なんですよ。復讐のために動いたそれらは、罪です。ですけど、って」
「それは……」
「私は、センスが壊滅している男の、貴方の知る男の娘です。貴方は、父のこととか、昔話をしてはくれないのですかって―――狡い言い方でしょう」
「そんなことはありませんよ。気持ちはわかります」
静かに死のうとしている。
死ぬ、というのがわかっていて、黙ってみているのか考えとき、否、と思った。アガレス・リッヒィンデルはもう外に出ることはない。そこで、目的を達成したからとひっそり死のうとしている―――――。
父がもし、死ぬことがわかっていたなら。
それがどうしようもなく避けられないとわかっていたなら。
もし、だなんて過ぎた今考えても、それはただの想像でしかない。
「私は、覚えていたいんです」